FileNo.7 コーダー - 04
● ● ●
「陰陽術」
反応は無い。腕が折れ曲がるようなことも、身体ごと反転させられてまた廊下を歩かせるようなことも。
「『部屋に入ろうとした』場合に発動する、ってことか?」
「そうでーす」
分かったら帰ってくれない、と、またリビングから家主の声が響いてくる。相変わらず足をパタパタ空に遊ばせて、ワイドショーは
陰陽師・青樹まどかは、至極単純な言葉で、
「ケーサツ
「残念ながら簡単に帰るワケにはいかんのですよ。俺達は勧告と警告をする為に、あんたのところへ来たんだ」
磐鷲は注意深く言葉を選びながら、サングラスのブリッジ部分を人差し指で軽く持ち上げた。そして、自身の白衣のポケットから商売道具――古ぼけたお守りを取り出そうとする晶穂を手で制する。
『まだ』、その時ではない。
「晶穂、いい機会だ。お前に試験を与える」
「……はぁ?」
「『ここからリビングに入れ』。この程度のことが出来ん奴に、例の、小学校に装置を仕掛けた魔術師を追わせる訳にはいかん」
磐鷲は
「青樹まどかさん。本題の前に、まずは自己紹介をしよう。俺はかつて、あんたの母親である青樹了さんに師事したことがある者だ。名を、
「薄いのは頭だけにしとけ、ってーのは禁句だぜ」
「黙って言われたことだけやってろ、
「あと三分以内に出てってくれなかったら、ケーサツ呼ぶね?」
磐鷲の言葉など『まるで聞く気なし』とでも言いたげに、リビングから声が返ってくる。だがそこには、先ほどよりも明確な敵意が混ざっていた。
磐鷲が軽く横目で促すと、晶穂はボリボリと髪を掻いて、それから一つ息を吐いた。そして、ゆっくり――カタツムリが葉を這うような速度で――その右足をリビングルームへと伸ばしていく。
「ここに勧告書がある。『資格無き第三者に自身の名を
部下の試行を横目に、磐鷲は話を切り出した。率直に言って、こんな言葉に然程効果は無いだろう。そんなことは既に承知の上だ。
だが、何事にも順序というものがある。
「改善の意思を何らかの形で示さない限り、あんたは近い将来、除霊行為に関与する資格を
「あと二っ分~」
「だから、俺はあんたに提案しよう。国に改善の意思を示すための、至極単純な方法だ。
あんたとあんたの娘・涼さん共々、俺の『講』に入らないか?」
「はぁ!?」
隣で、そろりそろりと足を伸ばしていた晶穂が、驚愕に声を上げた。同時に、その爪先はリビングルームに設置する。
直後。
晶穂はくるりと反転して磐鷲の隣をトコトコと歩いた。
馬鹿にしたような笑い声が、リビングから響いた。
「よりによって、そんなしょ~もないこと言いに来たんだ~?」
「おいこらボス、聞いてねえぞ。よりによって、こんな見えきってる地雷をあたしらのチームに誘うのか?」
想定通り、晶穂が食って掛かってくる。磐鷲はため息をついた。
「『チーム』ではなく『講』だ。更に言えば、歴史的には『境講』と呼称するのが正しい」
「名前なんざどうっっっっでもいいんだよ、話の主旨を
「俺はハゲん」
それより、と磐鷲は晶穂を睨む。部屋に入るのはどうした、と。
「まさかもうお手上げか? もしそうなら、お前は除霊師として二流どころか三流以下だ。この程度の術も破れんようではな」
「……挑発のつもりか?」
「ああ、そうだとも」
「ど~でもいいけどぉ」
「それに、あんたの『講』に入れって? ジョーシキで考えたら? そう言われて『わ~いじゃあ入る~』って奴なんて、居るわけないじゃん」
至極真っ当な反応だ。『境講』――それは、複数名の除霊師によって組織される団体の総称である。
だが。
「悪い話では無い筈だ。考えてみて欲しい。本来、この手の勧告は『通廊』――国と我々『境講』の仲介を担当する公務員により行われるのが通例だろう。にも拘わらず、あんたへの勧告を行っているのは俺たちだ」
言葉を紡ぐ隣で、晶穂は次に、
「これはつまり、俺たちは国から、代行者としての権限を委譲されるだけの信用を得ているという証左に他ならない。そこに属するとなれば、あんたからすれば面倒な手続きは殆ど不要で、勧告対象から外れることが出来る。無論、俺が手配するから、だが」
「あ、カウント忘れてた。じゃ、あと一分~」
「不服か?」
「不服って言うかぁ」
間の抜けたような――しかし、どこか作られたような声色で、彼女はバッサリと告げた。
「あたし、オトコって大ッ嫌いなんだよね~。特にぃ」
摺り足で進む晶穂の爪先が、暖簾の下を潜った。途端。
「あんたみたいな偉そうなタイプ、もー生理的に無理だから」
晶穂の体は、くるりと反転した。
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