FileNo.8 プリディクション - 16
● ● ●
――最短で、約三秒。
左肩から流れる血を右手で
涼と共に降り立った私鉄の駅から北北東。行き止まりがあろうと
一つ。人口密度が高い地域へ向かえば向かう程、無関係の人々を巻き込む確率が高くなり、かつ雨月への注目も集まりやすくなること。除霊師という職業柄、それは極力避けるべきだ。極力、だが。
一つ。呪術による無数の矢――それらは相変わらず、カッターナイフや包丁、傘や木の枝、鉛筆や
一つ。これが最大の懸念事項だ。
「逃げてる途中に失血死しないといいけど」
呟き、一つ息を吐いて、思い切りジャンプする。木造民家の木製の塀を蹴り破り、汗と血を
最短で、約三秒に一回。無数の矢が彼女の首を狙ってくるからだ。
――また
宙空で雨月の目が捉えたものは、三つ。彼女の走っていた個所へと降り注ぐ無数の刃物の矢、数百メートル先に
「大きくなっていってる気がする」
孤独を紛らわせるように呟きながら着地し、陸橋の方角へと再び駆け始める。先ほど通り過ぎた比較的新しめの地図からして、あの陸橋の下の道路を真っ直ぐに行けば、いずれは繁華街と私鉄の駅が見えてくる筈だ。だが果たして、辿り着くまで体はもってくれるだろうか? ああ、頭がくらくらしてきた。これは運動量のせいか、それとも流れ出た血のせいか。分からない。だがいま思えば、先程の腕の力だけでの
「反撃の手段は?」
走りながら住宅街の塀を蹴り上がり、陸橋へと言葉通り真っすぐ進みながら呟いてみる。
「無くはないけど」
駆けながら、血を流しながら、時折眼鏡の内側についた汗をさっと拭いながら、雨月は考えていた。懸念の二つ目――もしこの呪術が彼女の行き先を妨げる方向にシフトしたら、どう対処すべきか。いや、そもそも。
本当に、シフトするだろうか?
有り得なくはない。だが可能性は低い。雨月はそう結論付ける。
「だって
流血の最中、雨月は小さく笑った。三秒に一回、
本当に殺したいのであれば、相手に防御の
雨月の答えはNoだ。この世界には髪の毛一本を
故に、雨月は考える。恐らくこの術は雨月を殺したいのではない。雨月を遠ざけたいのだ。あの館から。
「或いは弄びたい、かしら」
陸橋が見えてきた。敵の狙いが何であるにせよ、攻撃が物理的なものである以上、この呪術は地理的制約と無関係ではあるまい。
可能だ。自分なら。
鋭く息を吐き、改めて住宅街の塀を蹴り上がり、更に全力で跳躍する。ややあって雨月の
雨月は陸橋の上から身を乗り出し、橋の下の道路を行き来する乗用車たちに目を向けた。更に注目が集まることになるかもしれないが、この内のどれかの屋根に飛び移れば、放たれる矢との相対速度が落ち、防御と逃走は更に容易になる。欲を言えば乗用車よりも、荷台の空いたトラックがいい――そんなことを考えた次の瞬間だった。
ゴン、という
足元が
雨月は目を見開いた。
陸橋の端に一台の乗用車が突っ込んでいる。それは一呼吸の間もなく爆炎を上げ、更に後続の乗用車が次々に炎の
最中、雨月は見た。陸橋の片足に突っ込んだ乗用車――それらが走っていた道路の上に突き刺さる、無数の
「なぁんだ」
投げ出される最中、雨月はまた独り呟いていた。単純な理屈だ。敵は雨月ではなく、走っている車へ矢を放った。タイヤをパンクでもさせたのか、それとも陸橋へとハンドルを切らせるように矢を放ったのか――恐らく両方か。いずれにせよ。
「これを狙ってたのね」
投げ出される雨月の体躯に向かって無数の矢が飛んでくる。相変わらず木の枝やら鉛筆やら包丁やら、日用品の類ばかりのお粗末な矢たち。だが宙空で身動きの取れない相手の首を
雨月は自身を
三秒のインターバル?
遠ざけたいだけ?
殺す気が無い?
自らを
爆風が、彼女の眼鏡を遠慮なく吹き飛ばした。
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