FileNo.8 プリディクション - 11
考える
「わたしは只の従者。主からの命に従い、ふわふわとこの街を歩き回っていただけの身分にございます。……あなたのような猛々しい戦士と戦うなど、わたしにはとても、とても」
「そうかい。なら大人しく――」
「はい。大人しく、退いてくださいまし」
彼女――『ロア』と名乗る女性がそう告げた直後だった。
突然何の
自身の正面から。ロアが振り上げた右手に誘われるかのように。
青紫色の
ほぼ無意識だった。晶穂は宙で両腕を交差させた。程なくして両腕は
視界が暗転した。
受け身も取れず大地へ
「――先生!!」
激痛が収まらぬ中、駆け寄ってくる足音が聞こえた。晶穂は舌打ちして、うつ伏せの体を無理やり持ち上げる。が、そうして無理をしてロータリーの先、瞬時の戦闘を交わした交差点へと視線を飛ばしても、既にロアの姿は見えなかった。
どうやら人々に紛れ、どこかへ去ったらしい。人々は槍投げフォームを取ることもなく、それぞれの家路へと進んでいく。それを見て取って再度、晶穂はうつ伏せに崩れた。
「先生!! だっ、大丈夫ですか!! 返事してください!!」
「きゅ、救急車呼んだ方がいいですか!? いいよね!?」
栄絵と遥、二人の少女が晶穂を仰向けにして
「あー大丈夫大丈夫、ちょっと地面がひんやりしてたから眠りたくなっただけだ。救急車なんて要らん要らん。お
「そ、そうなんですか?」
「なーんだ心配かけさせないでくださいよー……って馬鹿! そんなわけないでしょ! 大井さんも聞こえてたじゃん、さっきの凄い音!」
栄絵の剣幕に、遥が慌てて「ごめんなさいごめんなさい」と告げている。若いもんは元気だなぁ、などと呑気なことを晶穂は思った。……いや、それより。
「っつうか栄絵、お前、あたしが『目を開けんな』って言ったってのに」
「無理ですよ! こんな近くで、あんな凄い音がしたら!」
「あいつの姿を見たか?」
「? あいつ?」
何のことですか、と栄絵。どうやらロアの姿を眼にしたわけではないらしい。その事実に、晶穂は密かに胸を撫で下ろした。
全てに当てはまるわけでは無いが、魔術や呪術の類には視覚を
「あの、雷瑚先生。何があったのかよく分かってないんですけど、やっぱりまず病院に行った方がいいんじゃ……」
「そう、そうです! あっ、それか坂田先生に連絡――」
「いや、まずは遥の高校に行くぞ。話は行きがてら、だ」
意を決して、晶穂は足に力を込めて立ち上がった。思った通り骨の
「あ、そうだ栄絵。お前、今日はもう帰れ」
「ええ!? 嫌です!」
「ダメだ。まだあたしも色々整理できちゃいねーが、どうにも単純な霊視で終わるような状況じゃなくなってるみたいでな。はっきり言ってお前まで守ってやれる気がしねえ」
ロアなる魔術師が遥を含む人々に何をさせようとしているのか――その狙いは一切分からない。おまけにロアは姿を消した。この体で当てもなく彼女を探すのは困難だろう。
だが遥を悩ませるウィジャ盤の『予言』とロアの用いた魔術には、何らかの繋がりがある筈だ。でなければ、どうしても説明がつかないことが一つある。故に、遥の高校へ行き、ウィジャ盤を調べ、ロアの元に向かう。これは必須事項だ。
しかしそれは同時に、彼女と再度、
『大人しく、退いてくださいまし』
――勝てるか?
「お前も一度、似たような体験があるなら分かるだろ。……また死にかけたいか?」
「あ、あの……そんなに危険なんですか、わたし……」
震えながら遥が言った。
「あー、すまんすまん。なに、大丈夫さ、遥。あたしがついてる、心配すんな!」
「そ、そうだよ大井さん。先生もついてるし、あたしも一緒に居るから」
「いやお前は帰れっつうの」
「でもあたしが帰ると大井さん、不安で死んじゃいますよ?」
「……もう一回言うぞ栄絵。帰れ」
「嫌です」
晶穂の
「あたし、大井さんの依頼が終わった後に先生を病院に連れて行かなきゃいけない気がするので。さ、大井さん、行こ!」
「栄絵! アホみたいなこと言ってねえでぇぇぇぇぇぇ……っ!!」
大声を出した途端、背中に激痛が走った。悲鳴を
「さ、あたしに寄りかかりながら歩いてください。あたしだって杖代わりくらいにはなれますから。……多分ですけど無理して立ってるでしょ?」
「だ、け、ど、な……!」
「ホントにまずそうなときは邪魔にならないように逃げます。それならいいでしょ? ご存知の通り、あたしは一回、似たような経験してますから? それくらいの判断はつきます」
さも自信ありげに言う栄絵だが、晶穂は突っ込んでやりたかった。彼女の体験など、おぞましい世界の一端に過ぎない――だが痛い。痛みが発言を封じている。
「さ、行きましょ先生! 大丈夫ですよ、何だかんだで先生ならきっと何とか出来る筈です! ……あ、もしかして、こうしてくっついて歩いてると恋人に間違われたりするかもですね!?」
それはないだろ、と突っ込みたかった。……が、やはり痛みに言葉を殺され、晶穂はしぶしぶ強引な学生に連れられ、歩き始める。
その判断が正しい、とは、とても思えなかったけれど。
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