FileNo.7 コーダー - 05
操り人形のように、
「そうか。生理的嫌悪ならば、諦める他ないな」
「どの口で言うかね」
また
「では、次の提案だ。『あんた達で堺講を作る』というのはどうだ? 勧告――つまり今回の問題の本質は、あんた個人の名義で請け負った仕事を第三者に処理させた点だ。故に、個人としてではなく『講』として受託する。
この提案の最大の利点は、あんたの活動方針自体は一切変更しなくていいという点だ。書類の上での手続きを経るだけで、あんたはこれまでと同様、受けた仕事を娘に向かわせることが出来る。嫌な男の下に就く必要も無ければ、仕事のために外に出る必要もない。こうして昼間からゴロゴロ寝転んでいられるわけだ。先ほどの提案よりも、よっぽど現実的な落としどころだと思わないか?」
つらつらと連ねる言葉の隣で、晶穂は小さく息を吐いた。そして、ギブスを
その体が、突き出した左手が、リビングの床に到達しかけた時。
「却下」
拒絶の言葉が聞こえた。直後。
「分かったら出て行って」
リビングに倒れ込もうとした晶穂の首根っこが、ガシリと掴まれた。それは晶穂を無理矢理廊下に立たせ、それから、構える。
「ケーサツ呼ぶのは止めたわ。よくよく考えれば色々と
「『これ以上構ってくるなら実力行使』ってか?」
晶穂が軽く笑った。眼前、自身を掴む為に突然現れたそれ――ガチャガチャと金属音を鳴らしながら、鈍く輝く日本刀を構える鎧武者を見つめて。
「露骨だな」
「そんなに不愉快だったか? 俺の提案が。
俺としては、大恩ある師の家族に、不自由な生活なんぞを送ってもらってほしくないという一心なん――」
――言葉の途中で、風を斬る音が響いた。磐鷲は軽く首を横に倒す。
右頬を、鎧武者の放った一突きが
「白々しい」
声が響いてくる。
鋭く敵意を
「正直に言ったら? あんたが狙ってるのは、パイロキネシストであるあたしの娘だ、って」
「おうコラ、うちのボスはハゲでデブでたまに加齢臭すっけど、ロリコンじゃあねーぞ」
「茶化すな
白衣のポケットに手を突っ込み、臨戦態勢をとる晶穂へ、磐鷲は
「なぜ俺の狙いがあんたの娘だ、と?」
「この国では定義上、一人では『境講』を作れない。二名以上の除霊師が存在して初めて、国はそれを組織として認める」
全くもって露骨だ、と、磐鷲は小さく笑った。先程までの適当で気の抜けた声はどこへやら、リビングからの声は理性的で攻撃的だ。恐らくこれが相手の本性だろう。
「境講を作るとなれば、自然、涼は講員として登録するために、まず除霊師としての手続きを経ることになる。手続きはスムーズに進むでしょうね。何せ、パイロキネシストだもの。世界を巡ったって、涼と同じ特殊能力を持つ人間は、片手で数えられる程しか居ない。だから、必ず」
「必ず?」
「涼は『コーダー』として登録される」
磐鷲はリビングルームの入り口にて腕を引き、次の一突きの準備をしている鎧武者――の先に見える、二つの白い足を見つめた。もう相手の両足は、宙をパタパタと蹴るような真似はしていない。静かに、次のアクションを待つように。
じっと止まっている。
「コーダーか」
磐鷲はサングラスのブリッジを、もう一度指で持ち上げた。そして、慎重に言葉を選び、放つ。
「だが、『だから』どうした? 確かにコーダーの地位は特殊だ。国からコードネームを付けられ、他の除霊師とは別枠扱いされる。厄介な仕事を依頼されることもあるだろう。しかし重宝こそされ、邪険にされることは無いものだがね」
嘘は言っていない。
「あんたの言う通り。でも『だから』気に食わない」
彼女もまた事実を告げる。
「『道具の使用が前提の除霊師は二流、知識と技術で祓える除霊師は一流』――この業界の常識よね。
コーダーは問答無用で一流の除霊師。だからこそ、コーダーを国に紹介した講は国から大きな報酬と信頼を得られる。
……ああ、ほんと反吐が出る。なんだっけ? 『大恩ある師の家族に、不自由な生活を』? 馬鹿じゃないの」
『自分に利益が出るから』の間違いでしょ、と彼女は言った。
それは。
「あんたこそ」
誤りだ。
「よくもそこまで、それらしい理由を白々しく並び立てられるな」
磐鷲は右腕を伸ばした。そして、狙いを定める。警戒したように頭を低くする鎧武者へと。
「最終通告だ。素直に術を解き、俺たちを部屋に通し、俺の用意した書面に血判をしろ。でなければ、その武者型の式神を破壊する」
スミス&ウェッソン社製自動拳銃、M&P。その銃口を微細なブレなく鎧武者の眉間へ向けても、相手は低く笑うばかりだった。効くわけがないだろう、とでも言わんばかりに。
「何それ? モデルガン突きつけて、ガキじゃあるまいし」
「実銃だ。
あまり喜ばしくないがね、と磐鷲は呟くように言う。式神を破壊すると、そのダメージはそのまま術者に跳ね返る。磐鷲とて、恩人の娘を式神返しでボロボロにすることに心が痛まないわけではない。
だが、それ以上に許容できないことがある。
「仮に俺たちが退けば、次にあんたへ勧告書を持ってくるのは十中八九、通廊の者だろう。あんたはこう告げる筈だ。『娘を仕事に行かせた? 馬鹿を言うな。あれは娘ではない。自分の式神だ』と。知識はあっても所詮通廊は役所勤め、あっさりとその言い分を通す。こうして、公的に道具扱いされる少女が一人出来上がる。……それだけは何が何でも許さん」
どうして、とリビングの声は尋ねた。磐鷲の推測を否定するのではなく、どうしてと尋ねたのだ。
「俺は了さん――あんたの母親、俺の師から、あんたら親子のことを頼まれた」
磐鷲は思う。ああ。
否定してくれたならば、どんなに良かっただろう。
「あんたは十八で結婚し子を産んだ。だがすぐに別れた――いや捨てられた。その経歴と、これまで娘を単独で向かわせた仕事の数、あんたを知る者たちへの聞き込みを通せば、あんたの娘への愛情の薄さも、今回の事態にあんたがどう対応しようとするかも、嫌というほど容易に推測できる。この業界で一般常識が通用せんことは業界の常識だからな。どんな非人道的な理屈でもまかり通る。
だが、そんなことは許さん。恩人の娘を、子を道具として登録するような畜生道になぞ、俺が絶対に
「やってみたら?」
――くそったれ。
磐鷲は迷わずに引き金を引いた。何度も何度も引き金を引いた。四十口径の銃口から煙と重音がマンションの一室にこだまし、音と同時に空の
鎧武者は、美しい軌跡で、空を何度も斬り裂いた。
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