FileNo.5 ブリッジ - 04

 考える。考える。成る程、雨月の説を採れば、幾つかの疑問に説明がつくのは事実だ。自分たちより遥かに経験も実力もある修験者が、三文ミステリーばりのお粗末なダイイング・メッセージしか残せなかった理由も理解できる。つまりは、人間の力が及ぶような存在では無く、修験者は抵抗すら出来なかったのだろう、と。


 だが。


「何で、ってのは、うーちゃんには珍しくお粗末な質問だな」




 ――何のために、わざわざ生者に声を掛ける?




「マジモンの常世の存在なら、うーちゃんが加勢に来たって死人が増えるだけだ。おまけに、うーちゃんの能力とガチ常世勢との相性って最悪だしな」


 話しながら、見据えながら、晶穂は只管ひたすらに考えた。『橋』という言葉の意味。相手の正体。相手の目的。そして――どうして他の除霊師の時は現れず、自分の番で現れたのか。相手が本当に条件など抜きで、たわむれに命を狩り取れるような存在なのであれば、そもそも声を掛ける理由すら無いのでは――そう疑問を抱くのは、現世に生き、現世の理を前提にしか考えられない、人間という矮小わいしょうな存在のスケール感に起因するものなのだろうか。


「異議ありよ! そいつは私の時は出なかった! なら、私が行くことで再度そいつが立ち去る可能性は否定できない!」


「それなら、うーちゃんの出現で均衡きんこうが崩れて、擬似的な三途の川ごとあたしが常世に引っ張られる可能性だって否定できねーよ」


「ならどうしろって言うの!? この瞬間にも、しょーちゃん、死んじゃうかも知れないのよ!?」


「何を今更……いや、待て、うーちゃん」


「待たない!」


「奴が動いた」


 ゆっくり――しかし確かな足取りで歩き始めた黒い巨躯に、晶穂は身構える。距離を取るべきか? ――一時、逡巡しゅんじゅんして。


 晶穂は笑い、肩の力を抜いた。


 こちらの抵抗は抵抗にもならない――それはもう、先んじて対峙した修験者が、身をもって示していることだ。ならば、身構えていても仕方が無い。


「考えてみりゃ、すげえレアな体験だよな、コレ」


「下らないこと言ってないで!」


「そうデカい声出すなって。なぁオッサン、アンタもそう思わねえ?」


 相手は最早、手を伸ばせば届く位置まで迫っている。だが、予想通り――というより、当然のように、こちらの軽口に対する返答は無――。


「長い別離であった。探したぞ、妻よ」


 ――晶穂はしばし、ただぽかんと口を開いて相手を見つめた。それから、マイク越しに幼馴染の名を呼んだ。


「なに、何かあったの!?」


「いや……驚かないで聞いて欲しいんだが」


「何!?」


「あたし、既婚者だったらしい」


「……は?」


 幼馴染は、妙に低い声で晶穂に返した。「うーちゃんはたまに異様に怖い声になるんだよなー」と、晶穂は呑気に胸中で呟く。まぁ、それはそれとして。


「どういう意味? ちょっと言ってることが理解できないから、誰にでも分かるように三十字以内で簡潔に応えて」


「このオッサンには、あたしが嫁に見えるみたいだ。ウケるよな」


「へー。分かったわ、待ってて、すぐにそっちに行ってソイツ殺す」


「うーちゃんってたまにバーサク状態になるけど、そのスイッチがあたしにゃ未だに分からねえや」


「とにかく待ってて」


「妻よ、さぁ帰ろう」


「いやすまんオッサン、ちょっと今立て込んでるから待ってくれ」


「はい」


「おいうーちゃん聞いてくれ、このオッサン今あたしに『はい』って言ったぞ」


「いま行くから」


 抑揚のない口調での返答と同時に、猛烈な勢いで走っているであろう足音が聞こえる。来ない方がいいんだけどなぁ、と呟きつつ、晶穂は再度頭を捻った。妻――眼前の存在は、自分をと勘違いしているのだろう。そこまで思って、ふと、彼女は閃いた。


「あ、そっか、素直に聞きゃいいんだ。なぁオッサン、何であたしがアンタの妻だと?」


「其のけがれ無き魂、そして穢れにまみれた俗世の衣服。我との別離の最中も、務めを果たし続けたのであろう。我が妻に他ならぬ」


「穢れに塗れた、とか伴侶に言うかフツー?」


 頭を掻きつつ返すと、巨躯は「すまぬ」と告げた。実に素直だ。これだけ見ると、如何にも危険度の低い存在に見える。


 だが。


「そっかぁ。成る程なぁ」


 晶穂は気づいてしまった。


「うーちゃん、あたし、分かったわ」


「何が」


「こいつ、懸衣翁けんえおうだ」

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