FileNo.4 フラワー - 05

 ……私は、涼ちゃんの言葉に頷き、更に話を続ける雷瑚の声を、じっと聞いていた。推論、と言いながら、彼女の言葉には一切の澱みも迷いも無い。それが自身の結論に対する自信なのか、それとも過去に今回のような事件と遭遇したことがあるが故の経験によるものなのか、それは分からない。


 分からないけれど。


「ここまでの想定によれば、今回の顛末はこうだ。まず五年前、とある女子生徒が、あのトイレの扉の前でノック三回と『遊びましょう』の呪文を唱えた結果、亜空間に引きずり込まれた。そしてここ最近、もう一人の女子生徒が同じ噂の検証をし、その子も亜空間に引きずり込まれた。それを切っ掛けとして、囚われていた五年前の女子生徒は亜空間から追い出され、自身が起動した装置のすぐ傍――つまりは今のあたしが立ってる直上の空間から大地に叩きつけられた。ところてんみてーなもんだな。用意した亜空間の座席は一人分しかなくて、後から来た客に先客は追い出される。逆に言うと、後から客が来ない限り、先客は亜空間から抜け出せない。ま、よくあるベタなルールだな。だが……これだけだと、どうにも合点がいかん」


「私には……特におかしなところは無いように思いますけど」


「メリットが無い」


「はい?」


 私が尋ね返すと、雷瑚はチラリと私を見返した。


 何もかも見通しているかのような、鋭く、青い瞳で。


「複雑さの割には、これで得をする存在が見つからねーんだよ。女子生徒二名は失踪して死ぬだけ。仮にあのトイレに取り憑く何らかの悪霊が居たとしても、殺害前に『亜空間に引きずり込む』必要が無え。殺したいならさっさと殺しゃあいいんだ。亜空間で女子生徒をいたぶってた、ってんならまだ分からんでもないが、遺体で発見された女子生徒の体には、そんな痕跡は一切ない。『ただ五年、亜空間に拉致られてた』だけ。あまりにも無意味が過ぎる。よって、最初に言った結論に至るわけだ」


「『あのトイレは、中に閉じ込めた人間を入れ替えるタイミングで、誰かにエネルギーを送ってる』って?」


「スミレやテッポウウリが代表的だが、ある種の植物には、弾丸のように自身の種子を発射する性質がある。恐らくは、それと似たようなもんだ。亜空間に引き上げた人間を入れ替える――つまりは中に居た人間を大地に吐き出す時、そこで生み出すエネルギーの一部を、あのトイレを魔術装置に仕立て上げた『何者か』へ送信する。これがあたしの仮説。そして、もしこれが正しいとすれば、こいつはマジによくできた罠だ。


 古今東西、魔術や呪術なんてのは複雑――つまり、実現が困難であればあるほど、強い効果を発揮するもんだ。この魔術装置の場合、起動者に一切のリターンが無いっつうクソみたいに低い実現性を、ポピュラーな噂の皮を被り、好奇心の強い人間をおびき寄せることでクリアしてる。標的になるのは、まだまだ世間も知らねーガキだ。見上げたゲスさに笑っちまうぜ。


 ああ、ここからは完全な想像だが、これを仕掛けた奴は、恐らく日本の各地にこの『花子さん』の皮を被った魔術装置を配置してるんじゃねーかな。今回はたまたま、同じ場所で連続して失踪と発見が重なったおかげで、あたしら除霊師が出張って来たわけだが……全く別の場所に装置の設置場所を分散させて、亜空間は全ての装置で共有する、って形にすりゃ、真相に近づかれる可能性は極端に低くなる。失踪と出現が別々の場所で発生するわけだからな、気づきようが無え」


「ねえマリー、あいつのセリフ長くない?」


 露骨に眠そうに涼ちゃんが言う。素っ気ない涼ちゃんと、笑みのような怒りのような、ひどく判断に困る表情で説明を続ける雷瑚の、両者の明確な態度の違いは、一体何処からくるのだろう。


「それで」


 私は話の先を促した。


「どういう状況なのかは分かったつもりですけど……それで、どうするんですか?」


「そう、そこよ、マリー! さっきから言ってるけど、肝心なのはやっぱりそこ!」


「私、メアリー……」


「暴力女! 長いセリフはもう飽き飽き! 結局のところ、あんたはどうする気なわけ? その『あくうかん』ってところからマリーの友達を取り返して、あのトイレを燃やす方法は有るの、無いの!?」


「燃やすな燃やすな。賠償とか保険金とか、いろいろ面倒くせえんだぞ、大人の世界は」


「さっきの話を聞く限り、誰にも手出し出来ない気がしますけど……」


「へえ。……どうしてそう思う?」


 雷瑚はまた背中を向けて、両手を白衣のポケットに突っ込んだ。私はその様を見ながら。


「だって」


 思わず、笑みを零していた。


「あなたのお話だと、あのトイレに何かするには、噂にある『花子さん』の魔術装置を起動するしかないもの。でも、そうした途端、装置を起動した人は亜空間に取り込まれて――行方不明のあの子はここに叩きつけられて、死ぬ」


「そうだな。おまけに、のんびり考えてる時間も無え。あたしの仮説が正しけりゃ、日本全国のちびっ子が今にも噂に誑かされて魔術装置を起動しちまうかもしれん。そうなると手間だ。


 ってわけで、これから検証を開始する」


 はい、と私が尋ねるのと、雷瑚が白衣のポケットから小型の宝石箱くらいの物体を取り出すのは、ほぼ同時だった。それから、彼女は実に癖のある声で言った。


「ドローン操縦コントローラ~!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る