FileNo.3 ロスト - 05

 ……いや、でも。それだけ手馴れている、ということなのかも? 期待していいのだろうか。キミのワルい現象を綺麗さっぱり消してくれるというのであれば、あたしとしても御の字だ。だけど、注意は怠るべきではないと思う。「霊を寄せ付けない様に」なんて言って、べらぼうに高い壺を売りつけられる可能性だってある。


「おーい栄絵ー、次どっちだー?」


「あ……ごめんなさい、右です」


 返事した途端、大型トラックがまた排気ガスと轟音を唸らせて通り過ぎ、歩道橋を渡り切った雷瑚先生は再度顔をしかめた。追いついて、自宅に続く道を進んでいく。学校から見てあたしの家は北西にあるから、道なりに何度か交差点を曲がっていく必要がある。


「ここ、車多いな」


「大通りですし……ちょっと先の交差点だと、ちょくちょく事故も起きてるみたいです」


 ふうん、と雷瑚先生は抑揚無く言った。それから、「いつも逆の方に行くからよく知らねえや」とも。


「そう言えば」


「ん、何だ?」


「坂田先生とは仲良しなんですか? 何だか、とっても親しげでしたけど」


「中学からの親友さ。あたしが言うのもなんだが、うーちゃんは立派な先生だぞ。何かあればうーちゃんに頼れ。大体どうにかなるからな」


「うーちゃん?」


「坂田雨月だから、うーちゃん」


 取りとめのない話をしながら、あたしたちは大通りから離れ、アーケード商店街を抜け、二車線道路の信号を渡っていく。横断歩道を渡った先にも後にも、違法駐輪された自転車群が並んでいるが、この辺りではもう見慣れた光景だった。今度駅前に駐輪所が出来ると聞くけど、果たしてそんなものでこの状況が打破できるものか、あたしには甚だ疑問だ。大人のすることは、いつもどこかズレている気がしてならない。隣の金色ハリネズミが、そんなズレた大人で無ければいいのだけど。


 ……あれ? 隣?


「雷瑚先生?」


 隣を見遣って、当然居るものと思っていた人影が居らず、あたしは疑問を口にしていた。振り返ると、横断歩道の中央で、彼女は何やら難しい顔をしている。青信号がちかちかと光り、殺気立ったように信号待ちの車がエンジン音を噴かせるが、雷瑚先生は一切動じることなく、横断歩道の中央でぐるりと周囲を見回してばかりだ。


「雷瑚先生! 早く渡らないと――」


「ここだ」


「えっ」


「ここに、お前に付いてるのと似た匂いが残ってる。かなり薄いが――」


 クラクションが鳴り響いた。信号が赤に変わっていて、あたしは質問を続けるよりもまず、横断歩道を雷瑚先生の背中を押すようにして渡り切った。あたしたちが渡り切った直後、無数の乗用車や大型トラックが横断歩道を蹂躙していく。そんなに急いでどこに行くのだろう――いや、今はそんな話はどうでもいい。それよりも。


「栄絵、最近……いや、最近じゃなくてもいい。この場所で何か無かったか?」


 随分と漠然とした質問だ。何か無かったか、と言われて即座に反応できる人なんて、お笑い芸人くらいのものじゃないだろうか。


「行き帰りに使ってるだけですし、何か、って言われても。交通量、多いなーって思うくらいで」


「何でもいいんだ。例えば……そうだな。変な奴に会った、さっき言ってたような事故に遭った、友達と喧嘩した、猫に餌をやった、蹴躓いた、買い食いした、鞄を落っことした――」


 前半はともかく、後半はかなり無理がある。というより、自分が道のどこで蹴躓いたかなど、逐一覚えていられる人間は居るのだろうか。……少なくとも、あたしはムリ。


「……猫に餌をやったことが……あるような気もしないでもないです」


「漠然としてるなぁオイ」


「無茶言わないでください。そうそう事件なんて起きないですよ、只の通学路で」


「事件っつうか……そう、出来事だ。普段見ないようなものとか、滅多に無いようなこととか、そういうモンが無かったか、が知りたいんだ。頑張れ栄絵、お前なら出来る! ってか、何か手掛かりの一つや二つ見つけねえと、あたしも保健室に帰れん」


「調査してたって名目で、家に帰って寝ちゃえばいいんじゃ?」


 欠伸交じりの様相を頭に思い浮かべながら提案すると、雷瑚先生はハッとした表情になり、それからマジマジとあたしを見つめた。そして、ぼそりと呟く。「お前、悪いこと考えるなぁ」と。


「ロクな大人にならんぞ」


 仕事をサボって保健室でぐっすり眠ってるような人には言われたくない……と思ったが、あたしは言葉を飲み込んだ。言わぬが花、ということもある。


「しかし、参ったな。お前に自覚はナシか。しゃあねえ、この辺で何か無かったか、地道に調査するか」


「地道っていうと……」


「事故の記録やら新聞やら漁ったり、聞き込みしたりだな。……とりあえず栄絵、今日はもう帰って寝ろ。鞄も後で送ってやる」


「あの、でもあたし、今日は塾があるんですけど」


「休め休め! 長い人生だ、塾なんて一回くらい休んでもバチは当たんねえさ。あたしなんて、半年くらい休学したことがあるぞ」


「どういう状況ですかそれ」


「気にすんな。さ、家まで行くぞ」


 そう言うと、雷瑚先生はあたしの背中を押すようにして、横断歩道から離れようとする。……だが、その時。


「あ」


 ふと、思いついたことがあった。


「ん、何だ?」


「落っことした……」


「鞄をか? マジかよ、スゲえ適当に言ったのに」


「あ、いえ、違くて。あたしが何かしたわけじゃないですけど、強いて言えば、って話で」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る