FileNo.3 ロスト-04




「あのー、それで、どこ行くんですか?」


 雷瑚先生に押し出されるようにして保健室を出たあたしは、そのまま学校を出て大通りを歩いていた。「通学コースを案内してくれ」と欠伸交じりに言われたから、ひとまずその通りに――学校との行き帰りに使っている道を進んでいるけど、この行為が何の為のものなのか、あたしは分かっていない。


 今はまだお昼を少し過ぎたところで、大通りとはいえ人通りは少ない。二車線道路ではトラックや乗用車が絶えることなくエンジン音を響かせ、違法駐輪された自転車がずらりと道の脇に列をなしているけれど、あたしのような学生の姿は他に見かけなかった。いつも通っている道なのに、何だか妙に心細い。


「っていうか、鞄、教室に置いたままなんですけど……」


「後で取りに帰ればいいさ。……そういや聞き忘れてたけど、学校へは徒歩通学だよな?」


「あ、はい、そうです」


「ま、ウチの生徒は大体そうだよな。で、行き帰りは決まったルートで帰るタイプか? それとも、気まぐれに変えたりするタイプ?」


「大体決まった道筋です」


「そりゃありがてえや。調べるのがちょい楽だ」


 そう言うと、傍らを歩く雷瑚先生は、再び盛大な欠伸をした。あたしはその態度に少しムッとして、再度尋ねる。


「あの。もう一回聞きますけど、どこに行くつもりですか?」


「『どこか』は分からん。あたしが探してるのは『何か』だ」


「はぁ?」


「そーカリカリすんなって、ちゃんと説明するさ。


 まず……今更だが、自分の身に起きてることが『まとも』な出来事じゃない、ってのは理解してるな?」


 大型トラックが音を立てて傍を通り、排気ガスの匂いが道に満ちて、雷瑚先生は顔をしかめて立ち止まった。あたしはどう返そうか迷った挙句、単純に「はい」と返す。返さざるを得ない。安っぽい言い方をすれば、あたしが直面しているのは、『心霊現象』以外の何者でも無いのだから。


「オーケー、じゃあ次の質問だ。栄絵、お前、何で自分がそんな目に逢ってると思う?」


 あたしは答えに窮した。そう言えば、これまでは悩まされるばかりで、事態の理由にまで想いを馳せたことは無かったように思う。暫し立ち止まったまま考え……やがてあたしは、素直に降参した。


「見当もつきません」


「一応聞くが、誰かに恨まれてるような心当たりは? 或いは、最近、身内に不幸があったりとか。ヘンなモン買ったとか」


「無いです。……あたし、誰かに呪われてるんですか?」


 脳裏に『丑の刻参り』という言葉がよぎった。深夜二時、白装束に蝋燭を頭に括り付け、藁人形を神社の木々に打ち付ける――何かの漫画で見た覚えがある光景だが、もしかして。


「違う違う、言ったろ、一応聞いただけさ。保健室でも言ったが、お前のそれは恨みつらみの類じゃねえし、邪悪な感じも全然しねえ。だが、間違いなくお前にくっついてる。何故か? 理由があるのさ。お前の気づいてないような些細なことかも知れねえし、或いは気づきようも無いような理不尽な理由かも知れねえけど、とにかく、何か――原因がある。


 あたしが探してるのは、それさ。お前が目の下に隈を作って、保健室に運ばれる羽目になっちまった『何か』。まず見つけなきゃならんのは、その根元のところだ。それが分かって初めて、上っ面じゃねえ対策が打てる」


「根本……でも、そんなもの、どうやって?」


 あたしが尋ねると、雷瑚先生は再び欠伸交じりに歩き始めた。その後を追う内、いつも通っている歩道橋を通り越しそうになって、あたしは雷瑚先生を焦って呼び止める。


「おお、悪い悪い。あ、家までは歩いてどれくらいだ? あとちょっとゲームしていい? いまイベント中だから周回してえ」


「十五分か二十分くらいですけど……え、もしかして家まで来ます?」


 あたしは露骨に嫌そうな顔をした。スマホを取り出そうとする雷瑚先生を「歩きスマホはダメです」と牽制すると、相手は「栄絵は真面目だなぁ」と溜め息をついた。……この人、本当に大丈夫だろうか。


「あと家についてだが、必要があれば、中に入れて、って言うかもだ。悪いがそこは折れてくれ、原因追及のためだ。なあに、タンスやら壺やらを漁ったりはしねえから安心してくれ。


 ま、でも、今回の場合、それは無いと思うぞ。何せ、家に原因があるなら、もっと沁みついてる筈だからな」


「沁みついてる? 何がです?」


「ん? 匂い」


「えっ!」


「『霊の匂い』な。あたしは常人より鼻が利くみたいでさ、所謂ゴーストの残り香が嗅ぎ分けれるんだ。こうやって歩いてるのも、お前の体に淡く残ってるのと似た匂いがしないか探してるワケだ。


 人間の活動範囲なんざ高が知れてるし、学生となれば尚更さ。ちなみに、お前の症例を言い当てたのも、お前の体に部分的に匂いが残ってたから。そんなわけだから、お前のエチケットに問題があるわけじゃねーよ。安心しろ」


 ブラウスの首元や脇の辺りの匂いを確かめているあたしに、雷瑚先生は笑って言った。しかし、仮にも青春真っ盛りの女子に対して「匂いが云々」というのは、少々デリカシーに欠けるのではなかろうか。抗議の意味も含めてあたしは言った。


「匂いを追ってる、って、何だか犬みたいですね」


「ワンワン」


 全く効いていない。何だか癪だった。これまであたしが昼夜問わず悩まされてきたこの事態に、目の前の金色ハリネズミは、欠伸交じりの適当な調子で対処しようとしている。何だかこう……うまく言えないが、癪だ。

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