FileNo.1 ブラック - 10

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 僕はぼんやりと前方を見つめていた。繁華街を、四車線道路にまたがる斜め横断可能な交差点を、友人と共に渡りながら。




 今日も、いつかと同じ平日だった。僕は最近バイトも大学も休んでいて、下宿先でぼんやりと一人で過ごしていた。そこを友人に連れ出されたのだ。何だか分からんがどこかへ行こうぜ、と、そんな軽い調子で。




 心配してくれたのだろう、と思う。




 平日の繁華街は、やはり閑散かんさんとしていた。歩いているのはサラリーマンやご婦人の集団ばかり。秋の空らしく天は高く、空は青く澄んでいる。いつかと違って雲も散らばっていない。快晴の、とても良い陽気だ。街全体が一息ついている――そんなことを僕は思った。思いながら、話しかけてくる友人ではなくぼんやりと前方を見つめながら、僕は歩いていた。その時だった。




 不意に、甲高かんだかいブレーキ音が秋の空の下をつんざいた。




 僕はぼんやりと目を横手に移す。大きなトラックが交差点に突っ込んできていた。危ないな、と僕はぼんやりと思った。トラックは僕の真正面へ向かってきていて、僕の足は自然と。








『オレを見捨てるのか。オレを』








 止まった。








『お前だけ』








 ――強い衝撃が僕の体を押した。僕は前のめりに転んだ。




 トラックが僕の体のすぐ後ろを走り去っていく。ブレーキ音を響かせながら。




 あぶねーだろ、と僕を体当たりで突き飛ばし、自身も転んだ友人が、トラックに怒鳴った。トラックは何も返さずに走り去っていく。友人はカンカンだった。運転手は捕まれとか、酒でも飲んでるのかとか、怒気どきをはらんだ言葉を次々に吐きながら立ち上がった。そして僕の手をつかみ、立たせる。




「大丈夫か? ってかお前、ぼうっとし過ぎ」




「どうして」




「あ?」




「どうして助けたんだ?」




 僕が尋ねると、友人はぽかんと口を開けて僕を見つめた。何を言ってんだ、とでも言いたげに。それから彼はバンバンと僕の背を叩いて、「とにかく渡ろうぜ」と横断歩道の終点を指さした。




「でも」




「逆に聞くけどお前、?」








『俺もこいつも徹夜してる』








 一週間ほど前、スポーツカーの中で告げられた言葉を、僕はぼんやりと思い出した。僕は横断歩道に立ち尽くしたまま友人をじっと見つめた。見つめる僕を、友人は怪訝けげんそうに見た。




「なぁおい、お前ホント最近どうしたんだよ。……あ、でもとにかく、そろそろ信号、赤だから――」




岩盤がんばん事故の時に出場するのって、消防士だったよな?」




 僕は友人の言葉をさえぎって言った。友人は更に怪訝そうな顔になる。だけど、それを意にも介さず、僕は続けた。




「僕、それになろうと思う」




 友人は目をパチパチとしばたかせた。それから、そうかそうか、と言った。




「とにかく渡ろうぜ」




「そうしよう」




 僕は久々に腹の底から声を出して、それから、少し笑った。




 とても晴れた、秋の日の出来事だった。














【ブラック 完】

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