第204話 宇宙と

 それは余りにも無謀。

 グンはゼフが冒険者組合を去った後そんな事を考えていた。

 そもそもこの星…… いや、この宇宙はハデスが支配するモノであり、同じ覇王の役割を持つ化け物と呼ばれる神ですら下手に近づかない存在だ。

 宇宙には表と裏、プラスとマイナスが存在し、一つの広大な宇宙を四角い箱とし、それが無数に横に並んでいるのを想像すれば分かりやすい。

 数にしてプラスもマイナスも約九〇〇〇億と言われ、宇宙と宇宙の間には透明な膜がある。

 それがその宇宙の終わりを示す。

 ただ、プラスとマイナスには巨大な壁があり、そこにある唯一の巨大な入り口、それを通らない限り行き来する事はできないのだ。

 故に別の宇宙への移動には方角にして東か西というのが一般的である。

 なら、北や南には何があるのか?

 それは誰にも分からないのだ。

 あるのは滝のように常に流れている黒い水がそれを覆っており、そこに行って帰ってきたものがいないからだ。

 故にアンノウン、そう呼ばれている。

 だが、それよりも危険なのは裏の宇宙。

 構造などは一緒だが、表の宇宙と違う点は秩序が全くない事だ。

 一言で表すなら獣、行き方は穴というものがあり、それを管理されている所へ行くだけでいい。

 そして、そんな裏の世界ですら圧倒的な力で蹂躙したのが好戦覇帝であるハデスなのだ。

 だから、普通ではありえない挑戦、それを成すべくゼフが冒険者組合に戻ってきた時、グンはつい笑ってしまった。

 あまりの無謀さに、いやそれこそ彼が求めていたものかもしれない。


「準備はできてるか?」

「まさか…… 帰ってくるとは思いませんでした」

「面白い事を言う奴だ、さっさと覇王の役割を渡せ」

「…… 本当にいいのですか? 覇王という役割は仮期間として一ヶ月耐えなければ正式な役割になりません。 それに、貴方自身の能力や魔法の全てが全宇宙に公開されます」

「問題ない、それに俺にとってそれは都合がいい」


 覇王という役割は簡単に誰でもなる事ができる。

 だが、それは仮覇王という覇王よりも能力値などの上昇率が低い役割にて一ヶ月耐えることができたらという条件である。

 しかも自分の何もかもを晒した状態で……。

 だが、その程度すら突破できなければ平和を得るのは難しい。

 そもそも一〇〇の宇宙毎に魔王という役割の強者とその上に位置するそれらを束ねる大魔王という役割の化け物、おそらくこいつらが来なければ相手にならないだろう。

 しかし、その心配はいらない。

 何故ならこの宇宙はハデスの支配下だからだ。

 それがこの星を選んだ最大の理由だ。

 故に他の覇王も魔王や大魔王さえも無闇に手を出すことができない。

 

「そうですか…… 一応聞いておきますが、そちらのお嬢さんもいいのですね?」

「はい、私はゼフ様の意思に従います」

「では、首をこちらへ」


 ゼフはそれに従い首を差し出すと、それにサンの時と同じようにお札のようなものを貼り付ける。

 そして、その首には言葉では表せない程の禍々しい紋様が押されていた。


「これで完了でございます。 恐らくもう会う事はないと思いますが……」

「ああ、そうだな」


 グンは気付いてない、ゼフはそう確信する。

 この役割にはゼフだけにできる裏技があるのだ。

 そもそも公開する能力や魔法は誰のものを公開するのか?

 答えはもちろんゼフだ。

 だが、その能力値は最弱レベル。

 だから、目を疑う筈だ。

 それを見たものは。

 そして、それを信じて愚かにも向かってきたものは蟲達に蹂躙される。

 更には蟲達に戦闘の経験を積むことができ、熟練度の上昇も見込める。

 ゼフはグンを見つめながら口を開く。


「まずはこの星を俺のものにする」

「何を――」


 だが、グンはそれを言い切る前に蟲達による魔法にて目の前が真っ暗になった。


✳︎✳︎✳︎


 仮覇王という役割を得てから早二日、彼は一つの街を支配してそのまま終焉種の召喚をする事に時間を費やしていた。

 今のゼフにとって昔程時間はかからない。

 だが、それでも三時間はかかる。

 それを守る役目を蟲達に、周りの世話をサンに任している。

 今は宿屋の一つの部屋にてそれを行なっている。

 

「ゼフ様、お食事の用意ができました」

「そうか、だがまだいい。 今はもっと蟲達の数を増やしたい」


 この星に既にゼフの蟲に勝てる奴はいない。

 だが、物事には常に例外が存在する。

 だから、やり過ぎという事はないのだ。


「ですが…… 倒れてしまっては元も子もありません」

「回復魔法があるから問題ない」

「それでも……」

「サン、お前の気持ちも分かる。 だが、今は蟲達の数を増やしたい。 現在、一五〇体。 多いようだが、覇王と戦う上では少ない。 それに…… 戦いを挑んでくる奴が日に日に増えてる」


 だが、それでもこうしていられるのはハデスの探知魔法を嫌う性格だからだろうか。

 本当に幸運な事だ。

 後は終焉種を一〇〇〇体程召喚すればいい。

 そうすれば流石に苦労せずに勝てるだろう。

 悪くても互角、そう考えている。

 そんな事を考えているとサンは涙を浮かべながらゼフを抱きしめてくる。


「今までは我慢してましたが…… ダメです。 ゼフ様は今にも何処かに行きそうで…… 私にはゼフ様しかいないのです。 どうか、お休みください」

「…… 確かに回復魔法では完全とはいかないだろう。 だが……」

「ゼフ様は休める時に休めと私に教えてくださいました。 だから…… お休みください。 休むのも闘うので必要な事です」

「しかし……」


ここまで頑なに譲らないゼフは初めて見る。

 いや、それ程焦っているとも取れる。

 サンはそれを察してからゆっくりと口を開く。


「ゼフ様はいつも笑っていました。 例え、どんな時であろうと最後には笑みを浮かべてました。 ですが…… こちらに来てからはそれが一度もありません。 余裕がないのは分かっています。 それでも……」

「…… ククク、そうだな。 余裕がなかったのは俺の方だったのかもな。 少し仮眠を取ろう」

「ゼフ様! ありがとうございます!」

「お前に初めて気付かされた、自分だけでは分からないものがあるのだな。 だから、予定変更だ。 俺が起き次第行動を開始する。 まずは、故郷に今まで復讐に行く」

「はい!」


 運命とは分からない。

 何が起こるのかも、それが何を意味するのかも。

 ゼフが眠りについたのを確認したサンは自分も隣で休む。

 しかし、二人…… いや、蟲達までも気づかなかった。

 それらを見守る一つの影を。


「フフフ、いいじゃない。 これなら使えるわね」


 影はそれだけ言うとその場から姿を消した。

 

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