第184話 無能

 ギエルは血に濡れた剣を腰の鞘に戻すと、無様にも腹を大きく斬られ死んでいるエトを見つめる。

 エトは素の戦闘力は今のギエルですらも劣る事を理解していた。

 だから、こうやって剣を用意していたのだ。

 だが、今はそんな事よりもこの世界を守っている結界に張り付いている巨大な蟲である。

 速急に対処しなければ手遅れになる。

 そんな事を考えていると、一真がこちらに走ってくるのが見えた。


「大丈夫ですか!」

「一真か、もしかして今のやり取りを見ておったか?」

「はい…… すいません」

「よい、今はこの状況を打破する事を考えるのだ。

 悔しさはあるだろうが、それは我もだ。 今思うと災厄龍を管理していたのはエトであった。 それなら気づいてもおかしくなかったはずだ。 しかし、思い出したのは我が目を醒めた時だった」

「…… そうなんですね、分かりました」


 すぐに行動を移そうと一真は街の方に視線を移すが、こちらに近づいてくる二人組が目に入る。

 一真は嫌な予感はした。

 タイミング、襲って来ている魔物、そして二人組。

 その予感が的中するように二人組の顔が見える距離になり恐怖と怒りを覚える。

 それはつい数時間前に会ったゼフとその奴隷であったサンだ。


「お前が戦神ギエルか?」

「…… 我を知っておるのか。 貴様は一体…… いや、この状況では考えられるのは一人であるな、ゼフよ」

「ククク、ご名答だ。 だが、まさかお前がエトを殺すとは思わなかった。 戦神ギエル、お前は俺が思っているより賢い男のようだな」

「それが上に立つ者の資格である」

「そうか、ならばお前にいい物を与えよう」


 ゼフはそう言うと何処からともなく現れた風呂敷を手にとり、その中に入っていたものを取り出すとこちらに投げる。

 それはコロコロと転がっていき、やがてギエルの足下で止まる。

 それを見たギエルと一真は驚愕する。

 何故ならそれは苦痛を浮かべているフレイの生首だったのだから。


「ゼフ! レイアだけでなく! フレイまで! 絶対に殺してやる!」


 一真は怒りのあまり我を忘れて飛び出そうとするが、ギエルはそれを手で制する。


「落ち着くのだ、一真。 挑発に乗るではない」

「…… 分かりました」


 その言葉で頭を冷やした一真はゼフを見据える。


「ククク、流石は神達の上に立つものだ。 だが、これは挑発ではない」

「…… どういう事だ?」

「お前は選択をしなければならない。 このまま滅びを迎えるか、俺の奴隷になるかだ」

「そういう事か…… もし、後者を選べば我らを殺す事はないのか?」

「ああ、勿論だ。 クリシュプロン・バーナレクにも命令してやろう」

「…… クリシュプロン・バーナレク? それは結界に張り付いている蟲の事か?」

「ああ、そうだ。 こいつは能力により次元を行き来する事ができる。 だから、俺の国に連れつ行く事は問題ないという事も教えといてやろう。 さて、それでお前はどうする?」

「…… 我は奴隷になる道を選ぼう」

「ククク、賢明な判断だ」


 一真はそれに何も言えなかった。

 何故なら、一真もそれが最善の道だと分かっているのだから。


「さて、戦神ギエル。 奴隷であるお前に最初の命令だ。 這いつくばれ」

「…… はい、分かりました」


 ギエルはゼフの言う通りに這いつくばる。

 これも皆を守るため。

 自分達は完全に負けたのだ。

 ゼフはそんなギエルを見下しながら近づく。


「滑稽だな、少し前まで最強と称えられたお前が今やこれだ。 これも全て己の無能さが招いた事だ。 少なくともゼロ・ダークネスを本気にさせなければ力だけは変わらぬものだったな」

「…… 仰るとおりです」

「そういえば、そこの落ちてる生首。 そいつはお前のよく知ったやつか?」

「はい、そうでございます」

「そうか、ならばお前の誤解を解いてやろう。 こいつは俺が殺したわけではない」

「…… どういう事でしょうか?」

「簡単な事だ、俺が来たときにはすでに死んでいたのだ。 巧妙に隠されてはいたが、地下に繋がる通路を見つけた。 だから、そこに入るためエトが創ったこいつの人形を殺して入った。 そして、そこにあったのは大量の死体だった」

「死体…… そんなまさか……」

「これは冗談ではない。 言ったはずだ、お前は無能だと。 この程度も気づけないようではいつかは破滅していた。 さて、それじゃあクリシュプロン・バーナレク、殺れ」


 その命令を下した瞬間、クリシュプロン・バーナレクが巻きついていた結界に力を込め始める。

 そして、簡単に割れる。

 だが、それだけでは終わらない。

 クリシュプロン・バーナレクは力を解放するように街で暴れ始める。

 巨体をうねらせ叫びながら逃げる者達を虐殺していく。

 それを見ていたギエルは声を震わせる。


「何故…… 何故! 約束は!」

「別に何を命令するかは言っていないはずだ」

「私の勘違い……」

「だが、安心しろ。 俺は元々約束を守るつもりはない」


 ギエルがその言葉で絶望のは表情を浮かべたのを確認したゼフは近くで待機しているハ・ダースに命令してその首を飛ばす。

 その光景を見ていた一真は剣を抜く。

 だが、何かの力が働き地面に突っ伏してしまう。

 抵抗するも動く事ができない。


「ククク、お前はいつも負けてるな。 俺から二度も逃れるとは運のいい奴だ。 だが、今度こそ終わりだ」

「ゼ、ゼフウウウゥゥゥ!!!」


 しかし、その叫びは意味がなかったようにそのまま何かの力により押し潰されてしまう。

 重力魔法、それに耐えられないようでは剣士としての見込みはない。

 たった一万倍の重力で潰れていては、結局リジを手に入れるための手助けにすらならない。

 一真だったその血溜まりを見つめながらエトがいるとされる廃城にそのまま向かうのだった。

 

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