第180話 何かがおかしい
ギエルは極限化により宇宙すらも破壊する力を得ている。
だが、それでも無意識に力を抑えていた。
何故なら全力を出せばこの星を破壊しかねかいからである。
だから、力を抑え、自らが地面に触れる場所を緩和魔法により伝わる力を弱めていた。
しかし、目の前のゼロ・ダークネスはそんな事はお構いなしに万を超える魔法陣を展開し始める。
魔法にはそこまで詳しくないギエルであったが、魔法陣を展開する魔法は攻撃系の魔法なのを理解していた。
それ故か星自体に防御魔法や強化魔法を施すと鬼の形相で叫ぶ。
「星を破壊する気か! ならば我はそれを防ごう! かかってこい!」
ギエルがそう言った瞬間、辺りに流星の如くあらゆる属性の魔法が降り注ぐ。
それを自らの拳や防御魔法で防ぐ。
少しでも温存したかった魔力だが仕方ない。
この時、阻害魔法を使えばいくらか魔法の発動を阻止する事ができるのだが、自らの未熟さを呪う。
凄まじい攻防によりゼロ・ダークネスの魔法を通さない。
イチとレオはその光景を震えながら見ているが、まさにこの世の終わりかと思う程の光景。
一発でも逸らせば山すら吹き飛ばす威力を持つ物が無数に降り注ぐ。
そして、時間にして10分程経った頃だろうか攻撃がピタリと止む。
辺りには魔法の攻防の激しさを物語っているように更地と化し、何やら黒い煙が立ち込めている。
ギエルは額から凄まじい汗を掻きながらも口を開く。
「我の勝ちだな」
だが、そう思ったのも束の間、ギエルは大きく体勢を崩し膝をつく。
「…… 何故我は膝を」
立ち上がろうとしても力が入らない。
それもそうだろう、ゼロ・ダークネスがやっていたのは相手の能力や魔法、能力値に干渉する事なのだから。
ゼロ・ダークネスの腐食攻撃、それが単なる外面的な効果をもたらすだけならそこまで怖くない。
しかし、腐食攻撃の真なる力は内面、つまりは能力や魔法などの熟練度に劣化をもたらし、やがて生涯死ぬまで使えなくなるというものだ。
それはギエルの能力値にも影響を及ぼし、筋力だけで言えば今は人間の子供にすら劣る。
勿論、それは戦闘の基本となる攻撃力や防御力、そして速度力にも影響を及ぼしている。
更にゼロ・ダークネスが使っていた魔法は全て最下級の魔法であり、魔力を温存している。
つまり、ギエルは詰んでいるのだ。
そんな事とは理解できないギエルは口を開く。
「我に何をした…… そこの人間、答えよ」
「…… お、俺っすか?」
「そうである」
「いや、俺にも分かんないっす。 というか…… 自分の心配した方がいいんじゃないっすか?」
「問題ない、我は分かっておった。 此奴が我を殺さないように手加減をしていた事を。 そして、我では力不足な事を」
「…… なら、どうして戦ったんすか?」
「我には守るものがある。 引くには引けなかったのだ。 だから、我が逃げる事はない。 貴様らは我が逃げる事を望んでいるのだろう?」
「な、なんの事っすかー?」
「フフ、シラを切らなくてもよい。 何をされたかは分からないが、我はもう終わりだ。 煮るなり焼くなりせい」
そう言うギエルに困ったイチはとりあえず、通じないだろうがゼロ・ダークネスに対して口を開く。
「…… どうするっすか?」
勿論それに答える筈もなく辺りに静寂が訪れる。
ゼフが言うには大将は殺してはいけないという事なのでこれには困ったものだ。
「一先ずはこのままっすかね……」
「あの…… イチさん」
「どうしたっすか?」
「あれなんでしょうか?」
そう指差す先を見ると、なんとそこには荒れ狂う程の炎が全てを焼き払いこちらに押し寄せて来ているのだった。
✳︎✳︎✳︎
時はローグの森にてフレイがプレケケと合流した所まで遡る。
タイミングがいいと言うか、こちらの様子がバレているのか、空が真っ黒になる程の蟲達が押し寄せる。
それが森のあらゆる所に落ち、近くで魔法による爆発が起こる。
だが、それを気にする程の余裕はない。
何故なら、目の前には五体のカースドビーがこちらを殺意を向けて睨んでいるのだから。
それを見たフレイは隣のプレケケに話しかける。
「あれが雑魚の一体? エトの情報より強くない?」
「恐らく…… 私達がこうして準備してる間に召喚士としての腕を上げたのでしょう」
「なんでいうか…… 私達ってとんでもないのと戦ってるって改めて実感するなー」
フレイはそう言うと、カースドビー達が反応できない速度で自らの能力により作り出した火球を一発叩き込む。
すると、そこに全てのカースドビーを包み込む程の火柱が現れる。
やがてそれが消えるとそこにはカースドビー達は跡形もなく消え去っていた。
「ま、こんなもんよ」
「油断はいけませんよ。 今は探知魔法で見る限り戦神様は優勢のようですが、どうなるか分かりませんよ」
「分かってるよー、はぁ…… こんな事ならもっと美味しい御飯食べとくんだった」
「帰ったら私がご馳走しますよ。 次、来ましたよ!」
視線の先には数にして約100体程の蟲達が奇怪な声を影ながら迫ってくる。
それをフレイは近づかれる前に先程の火球を使い数を減らす。
だが、それでもそれを避けたり、耐える蟲もチラホラ見受けられる。
それをプレケケの手に持つ槍を使いトドメをさす。
他の者もそこまで苦戦する事なく蟲達を排除していく。
そんな優勢な状況で突如、凄まじい突風が押し寄せる。
それを魔法で防ぐプレケケだったが、完璧というわけにはいかなかった。
だが、そんな事よりも彼女は驚きの言葉を口にする。
「…… 戦神様が極限化を使いました」
「極限化? なにそれ?」
「戦神様の本来の力を引き出す能力です。 これを使う時は必ずと言っていいほど強敵です」
「え? ま、負けたりしないよね……」
「分かりません…… ですが――」
だが、それを言おうとした時、おぞましい程の数の魔法がぶつかり合うのを感じる。
距離は離れているのでそれを見る事ができないが、彼女の脳裏によぎる。
戦神の敗北を。
「戦神様は魔力が私達と比べれば多いですが…… これはまずいです。 それに阻害魔法を苦手とされている。 命令に背く形になりますが…… ここをお願いできますか?」
「…… いや、私が行くよ。 プレケケは大事な回復役なんだからさ」
「ですが……」
「うわあああぁぁぁ!!! 助けてえええぇぇぇ!!!」
話している最中にも戦いは続いていたらしく近くから叫び声が聞こえる。
その方向を見るとそこには100を超える無残な死体と傷を負い逃げ回る仲間、戦う仲間。
そして、その光景を引き起こした張本人である巨大で硬い甲殻を持ち、鋭い牙をチラつかせている巨大なセミのような蟲が三体いた。
この蟲の名前はセブライカ。
主に血を求める獰猛な蟲である。
そして、種族は凶種である。
フレイはそれを見るや否や攻撃しようとするが、プレケケが手でそれを止める。
「やめなさい、貴方は戦神様の元に行きなさい。
あれは私が倒しとくわ。 勿論、仲間の傷の回復もね」
「…… 分かった」
「それじゃあ行って来て。 王の首さえ取られなければまだ負けないのだから」
プレケケがそう言ったのを確認するとフレイは飛び出す。
後ろは決して振り向かない。
治癒の神であるプレケケがいればあれぐらいなら直ぐに立て直せるだろう。
それに彼女は強い。
あの程度の蟲には負けないはずだ。
フレイは自らの能力を使い、炎な化身と成り一早く戦神の元に辿り着くために走る。
辺りある森や敵である蟲達を焼き払いながら進み、戦神であるギエルの姿が見えた。
だが、その姿はいつも偉大だった面影は無く、地面に膝をつき今にも死にそうな姿であった。
それに彼女は激昂して突撃する。
「そこをどけえええぇぇぇ!!!」
全てを焼き払いギエルの元にたどり着くと、目の前のゼロ・ダークネスを無視して連れ去る。
それに驚いたギエルは口を開く。
「…… フレイか、すまないな。 我は負けてしまった」
「いいんです、今から帰還します」
「それはダメだ。 あやつらは逃げる事で我らの居場所を特定しようとしておる。 だから、今はこのままで良い」
「分かりました」
だが、そうしている間にも目の前に大量の蟲が現れる。
フレイはそれを能力によって焼き払うが数が多すぎる。
殺しても殺しても湧いて出てくる。
そんな時、ギエルの懐が赤く光り始める。
それを見たギエルは理解する。
「そうか…… 我々は完全に負けたのか」
「…… 戦神様?」
ギエルはよく分かっていないフレイに懐から渡された帰還石とは違う色合いの石を取り出す。
それは警告を発するかのように点滅している。
「これは我とエトが負け、そして仲間の数がどちらも半分以下になった時に知らせてくれる石だ。 これが光ったという事は…… エトも負けたという事だ」
「ですが…… 私はまだ戦えます!」
「フレイ、恐らく最後の命令になるだろう。 帰還するんだ」
「そんな事をすれば場所がバレてしまい、残った人達も……」
「どの道食糧がない、長くは無いだろう。 それに無闇に命を失う必要もない。 もしかしたらバレないかもしれない。 災厄龍には悪い事をした」
「…… なんですかそれ?」
「知らされてないのか? 我は災厄龍と組み…… うっ!」
突如、ギエルは頭が割れる程の激痛に襲われる。
おかしい、何かがおかしい。
そんなぐちゃぐちゃな思いの中、フレイはギエルの体調を気遣い帰還石を使うのだった。
これで場所がバレてしまっただろう。
だが、もしかすると良かったのかもしれない。
あのまま続けていれば生存者がゼロの可能性もあったのだから。
そんな事とは知らず、フレイは次元に戻るとすぐにギエルをベットに寝かせ回復魔法を使うのだった。
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