第158話 闇に紛れて

 日が沈み、辺りが暗くなった頃、一人の男が宿屋にを訪れる。

 彼の名はレイヴン、この集落で唯一の暗殺特化の短剣士である。

 音を立てずに正面の扉から入ったレイヴンは、予め聞いていた部屋を目指す。

 少し前に入った情報によると、ゼフは既に眠りについており、部屋の鍵が開いていることには気づいてないらしい。

 色々と準備をしてくれて非常にありがたいと、この宿屋の持ち主であるエルフに感謝する。

 魔法と能力で音を殺しながら、長い廊下を通っていく。

 絶対に失敗は許されない、そう思うだけで心臓の鼓動が早くなる。

 そして、目的の部屋の前に着くと、足を止める。


(ここか……)


 そう心の中で呟くと、レイヴンは扉をゆっくり開ける。

 勿論、魔法や能力を使い、音を立てないようにしているので、気づかれることはない。

 そして、中に入ると、スヤスヤと眠るゼフとサンの姿があった。

 レイヴンはゼフが寝ているベッドまで近づくと、上から見下ろすように観察する。


(こいつがゼフか…… 護衛をつけてないとは、少し舐めすぎじゃないか?)


 そんな事を思いつつも懐から短剣を取り出す。

 そして、それを首元に持っていき、撫でるようにして最も太い血管である、頸動脈を斬り裂く。

 すると、大量の血が噴き出す。

 首を斬られたというのに、ゼフが気づいてる様子はない。

 やがて血が噴き出すのが収まると、呼吸をしているかを確認する為に、口元に手を当てる。

 死んでいる事を確認したレイヴンはサンにも同じ事をすると、ゆっくりとその場を後にする。

 こうして、彼の暗殺は成功したのだった。


✳︎✳︎✳︎


 レイヴンは宿屋を出た後、すぐにそれを報告する為にグレノールの家に訪れていた。

 現在、二人は対面になるように座っており、何故かそこにはリアンドロの姿もあった。


「それでどうだ、レイヴン」

「結果から申し上げますと、暗殺は成功です」


 その言葉を聞いたグレノールの表情がパッと明るくなる。


「そうか! でかしたぞ!」

「いえ、これぐらい朝飯前ですよ、グレノールさん」

「はははっ! そうかそうか!」


 だが、そんな光景を見ているリアンドロの表情は未だに暗く、手を顎に当てて何かを考えている。

 そして、暫くすると口を開く。


「随分と簡単に殺れましたね。 何か抵抗とかあったんですか?」

「いえ、そんな事はなかったです。 ずっと寝てましたよ。 それに護衛すらいませんでしたよ」

「そうですか…… 警戒はされてなかった。 少し…… いや、かなり嫌な予感がしますね」

「お前の考えすぎじゃねぇか? 死んだのは確認したんだよな?」

「はい、確実に死んでいました」


 だが、それでも納得している様子はない。

 リアンドロ自身も少し考えすぎかと思ったが、そんな事はない。

 ゼフは人間の王だ、ならば暗殺の一つや二つ警戒するべきだ。

 実の所、リアンドロはこの暗殺は失敗すると思っていた。

 だから、その為に秘密裏に老王と会う準備をしていた。

 しかし、結果は成功。

 おかしい、おかしすぎる。

 そんな事を考えていると、グレノールが呆れたかのように口を開く。


「…… リアンドロ、お前は少し考えすぎなんだよ。 確かに死んでも蘇生魔法があれば生き返れるだろうよ。 だけど、大量に魔力を消費するのを知ってるだろ」

「そうですけど……」


 実際には一番位階の低い蘇生魔法が知られていないだけで、魔力をあまり消費しないものは存在する。

 だが、そんな事を知る筈もなく、話が続く。


「ま、そういうことよ。 それで、今後やることはエランドルにこの事を知らせること。 そして、死体の処理だ。 だが、今日はもう遅い。 明日の朝に行う、いいな?」


 それを聞いたリアンドロとレイヴンは縦に頭を振る。

 だが、未だに納得していない。

 だから、最後の抵抗をするように口を開く。


「族長には僕が報告します」

「本当か? それは助かる」

「同じ家ですので、それに少し話したい事がありまして……」

「話したい事? 何だそれ、俺らには言えない事か?」

「…… いえ、別に構いません。 実は老王の事です」


 そう言うと、グレノールの表情は明らかに悪くなる。

 これが普通の反応だ。

 それ程、老王というのは嫌われているのだ。

 リアンドロはタイミングを見計らい、話を続ける。


「これから老王とは共存の道が必要と感じまして、それを族長に言ってみようと思うんです」

「リアンドロ、それは無理だ。 確かに戦闘力に関しては弟子ですらこの集落に勝てる者はいない。 だが、それでもダメだ」

「ゼフに返り討ちにされたエルフ達を思い出してください。 今回は偶々、こちらを取り込もうと慎重に動いてくれた。 ですが、そうでなければ、とっくに滅んでいてもおかしくなかった」


 グレノールはそう言われ、確かにそうだと、納得してしまう。

 だが、本当にいいのか、これが正しいことなのか、と脳をフル回転させて考える。

 そして、グレノールは逃げるようにその答えを放つ。


「そうだな…… 確かに戦力は必要だ。 だが、俺には決められん。 後は族長と決めてくれ」

「グレノールさん…… 分かりました」


 最後は空気が重くなったものの、これで一歩前進したんだと、少し喜ぶリアンドロであった。


 

 

 

 

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