第33話 破壊

 アウスゴレアは自分の選択に後悔はしていない。

 しかし、蟲達から感じる強者の気配。

 それを感じさせる1000を超える軍勢が進軍を始めた時、不覚にも少し後悔しそうになる。


(迷うな…… 我は魔王だ。 たとえどんな奴が相手だろうと守りきるという使命がある、そして自信がある!)


 アウスゴレアはそう自分に言い聞かせると、目の前にいる人間に対して口を開く。


「ゼフと言ったか。 お前は傲慢だ。 その程度で我に勝てると思うなよ」

「そんなに自信があるならかかってこい。 少し遊んでやる」


 アウスゴレアは少し挑発にいらつくが、気持ちを落ち着かせる。

 そして、その場から勢いよく飛び出すと、再びゼフの首めがけて剣を振るう。

 勿論先程と同じようにすれば、操蟲には力では勝てないだろう。

 だから、フェイントや普段使わない突きを入れたり、わざと弾かれたりする。

 だが、どの攻撃も意味をなさない。


「ふん!」


 しかし、そんなことでアウスゴレアは諦めない。

 全ては魔族と為であり、自分が生き残るの為。

 そして、自らのプライドの為。

 だが、中々ダメージすら与えられないでいるので、焦りが積もり始める。

 やがてその時間が五分が経ったくらいだろうか。

 アウスゴレアの斬撃が軽く100を超える。

 全てに少し工夫を入れ完全初見の攻撃の筈なのに未だに攻撃が当たらない。


「くそっ!」


 アウスゴレアは今までこんなにも攻撃が当たらなかったことがなかった。

 だから、それがついに頂点に達し声に出して叫んでしまう。


「当たらないようだな魔王。 安心しろ、お前は仲間達が死ぬのを見た後殺してやる」


 アウスゴレアは、その言葉を聞き自分の持つ無意味なプライドを捨てることを決める。

 できれば人間には使いたくなかった。

 だが、蟲達が苛立つ程ゆっくりと進軍し、そろそろノエル達と接触しようとしていた。

 既に一刻の猶予も残されていないのである。


(この人間は仲間達が死んだ後殺してやると言った。 つまり、我は最後まで殺されないといことか…… 傲慢だな、だがそれが我が勝つことができる最後の活路だ)


 アウスゴレアはゼフから距離を開け、目の前に剣を構える。

 見据えるのはただ一つだけである。


「何をしているかは分からんが無駄だ。 それにそろそろ蟲達がお前の軍と衝突する。 あと少しで聞けるその悲鳴をお前にも聞かしてやる」


 ゼフは不敵な笑いを向ける。

 アウスゴレアはそれを見ながらゆっくりと口を開く。


「つくづく傲慢な人間だ」

「それは当たり前のことだ。 お前だって人間に本気にならないだろ?」

「それもそうか。 だが、一つ間違っているぞ人間よ」

「俺が間違えてるだと? それは一体なんだ?」

「それはな……」


 アウスゴレアはその言葉を言い切る前に、今までの倍以上のスピードでゼフに近づくと、辺りに響き渡るような声で叫ぶ。


「我はお前よりも強いということだ! 剣技『雷鳴斬』!!!」


 その剣撃はあまりにも速く、今までのスピードに慣れていたゼフが反応できるはずもなく、操蟲達をすり抜け首を捉える。

 そして、そのまま剣がめり込み、首が跳ねられる。

 アウスゴレアはそれを確認すると、勝利の雄叫びをあげる!


「うおおおぉぉぉ!!!」


 しかし、何かおかしいと視線を移すと、なんと蟲達を見ると全くと言っていい程止まっていない。

 しかも、ゼフを殺した自分に報復をしようとする蟲達がいないのだ。


「どういうことだ! なぜ頭を倒したのに止まらん!」


 アウスゴレアはそう叫んだのち、被害を少しでも減らすため蟲達に突っ込んで行く。

 一番強い頭を倒したのだから、他の蟲は余裕だと思っていた。

 しかし、突っ込むなや否や剣を振るうことも許されず、大きく吹き飛ばされ街を守る壁に当たる。

 その壁には大きくヒビが入り、瓦礫がボロボロと落ちる。


「何故だ…… 何故蟲達の方が強い…… 我は頭を倒したのだぞ。 何故止まらん……」


 剣の刃は折れ、腕は普通は曲がらないであろう方向に曲がっている。

 血も大量に口から噴き出しており、もはや戦える状態ではない。

 そして、ふと顔を上げると蟲達に蹂躙される仲間達が見えた。

 それを見ているだけでしかいられない自分に怒りが湧く。

 最初は戦っていた仲間だが、とうとう逃げ出す者も現れ始める。

 それでいいと心の中で呟くが、それを蟲達が許すはずもなく一瞬で肉塊にされる。

 だが、それよりもこちらに向かってくる一つの人影に息を呑む。

 

「まさか……」


 その人間の姿がはっきり見えると絶望する。

 それは、ついさっき首を飛ばした人間のゼフであった。


「確か、我はお前よりも強いだったか?」

「何故…… 何故生きてる……」

「簡単な話だ俺は蘇生魔法をかけている。 つまり何もされなければ死ぬことはない。 まぁ、普通だったら召喚士の能力で殺すことさえできなかったが、今回はハンデとして能力をオフにしといてやった。 所詮は劣等種だな」


 ゼフはそんな姿のアウスゴレアを見ながら笑う。

 蘇生魔法にはかけると死んでから効力を発動するものと死んでからかけることで効力を発動するものの二種類がある。

 今回ゼフがかけたのは前者の方である。


「ありえん…… その魔法は一人で行えるものではない……」

「別に信じなくてもいい。 それがお前の限界だ」


 ゼフは改めて自分が最強の存在であり、この世界は自分が知っている常識とはかけ離れていることを実感する。


「それに蘇生魔法ごときで驚いて貰っては困る」

「我は許さんぞ人間…… 必ず我らの同胞がお前を殺す。 人間を根絶やしにしてやるぞ……」

「残念だがそれは叶わないな。 あれは俺のおもちゃだ。 勝手をやって貰っては困る」


 そう言うとアウスゴレアは驚き、目が点になる。


「なんだと? お前は同族をおもちゃと言うのか?」

「そうだが、何か問題があるか?」


 アウスゴレアはここに来て初めて恐怖する。

 こいつは人間ではなかったのだ。

 こいつは一体なんなんだと。


「ゼフと言ったか?」

「ああ」

「今から降伏はできないだろうか」


 アウスゴレアは魔族達の為に最後の力を振り絞って土下座をする。

 ゼフはそれを憐れみの表情で見つめる。


「なるほど、助かりたいと言うのか。 だが、残念ながら俺は生物が殺される姿が好きなんだ。 特に感情豊かな生物はな」


 アウスゴレアはそれで悟る。

 これが自分の最後だということを。


(我はこれで終わりか…… もう少し生きたかった……)


 アウスゴレアの耳に街の壁が壊される音が聞こえる。

 そして、残った魔族達の悲鳴も。


「やはり悲鳴は素晴らしいな。 これほどの悲鳴はなかなか聞けない。 お前もしっかりと耳にやきつけろよ」


 アウスゴレアにはそれに答える余力など残されていなかった。

 あるのはゼフに対しての憎しみだけである。

 

「さて、そろそろ他の街がどうなったか確認するか」


 そう言うとゼフはとある魔法を使って確認し始める。


「なるほど…… 見たところ降伏したのは9ってところか……以外と少ないが、許容範囲だ」


 ゼフの予想としては20は降伏するであろうと考えていた。

 しかし、結果は違った。

 魔族とは意外とプライドが高いらしい。


「さて、この街はもう終わりだ。お前にも死んでもらう」


 ゼフはアウスゴレアの首をはねるように操蟲に命令する。

 すると、ゆっくりと操蟲が動き出す。

 建物が壊される音や魔族達の悲鳴が鳴り響く中、アウスゴレアの首は魔族の誰にも知られずにはねられる。

 それを愉悦の笑みでゼフは見つめるのだった。


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