第28話『白髪の執行人とサイコロの出目』
空からは、バケツを裏返したかような局所的な豪雨が降り注ぐ。黒パーカーの白髪の少年は傘もささずに、目の前の建物に向かって歩みを進める。本部ビルを出る銀星とすれ違うが、銀星の目には白髪の少年が映らず目の前を通り過ぎていった。
少年が目にした銀星の瞳は、何かを諦めたような虚ろな目のように感じられた。たとえ、どしゃ降りの雨の中だとは言え銀星が普段と同じ精神状態であれば、命のやり取りをした怪異がすぐ近くに居ながらにして見過ごすようなことはありえない。
「ったく、やっぱ、お前じゃ救えねぇよ。——ホンモノ」
白髪の少年は舌打ちをしながら一人呟いた。銀星は、あくまでも生れ落ちた都市伝説の怪異を殺すことに特化している。都市伝説の怪異をために必要悪として、不法侵入や器物損壊などの軽犯罪くらいは侵すこともあるが、人に怪我をさせたり、殺めたりするような人道から外れることはできない。これが、銀星の限界だ。
「俺ならそれが、出来る」
白髪の少年の正義感は、偽りではない。もとより『法では裁けない悪人を裁く怪異』として生み出された
白髪の少年がこのビルを訪れた理由は、最近急増している都内の都市伝説の怪異による被害の元凶、烏丸黄昏を殺害することにある。銀星の記録を継承している、彼にとって黄昏が自分の元となった男の父親であるということは理解していたが、銀星と違い、特別な感情を持っていたわけではなかった。自分の中に残る過去の膨大な記録情報と、赤眼の少女とともに暮らしたあとに感じている感情をともなった記憶とは、似ているのに、あまりにも性質が異なるものであった。
「これが記憶と、記録の違いか。人間ってのは、厄介だな」
誰に言うとでもなく白髪の少年は呟いた。
「面倒だな」
入口の正門には、電磁気式のカードをかざさないと通れない仕組みであった。白髪の少年は存在力が高まったことによる制約により物理法則を無視してすり抜けることはできない。裏口の、非常階段から登り烏丸黄昏の元に向かう。通常のマンションよりはセキュリティーが厳しいとはいっても、あくまでも居住メインの施設。ヤクザの事務所に乗り込むよりは簡単だ。非常階段の鉄柵をひょいと、飛び越える。
「ちっ。面倒ごとを残しやがって」
誰に言うとでもなく呟く。白髪の少年は考える。いくら資料やデータを破壊しても、それを製作した人間を倒さなければ、また同じことの繰り返しになる。白髪の少年が、腕や足に後遺症が残るほどの怪我を負わせるのは、過去に中途半端に怪我を負わせた強姦魔が、退院後に同じような事件を繰り返した。強姦魔だけではなく、詐欺師や、強盗もそれと同じような結末となった。
だから白髪の少年は、強姦魔はその元凶となる性器をすり潰し、詐欺師は災厄の元となるその口と舌を破壊し、強盗はその手癖の悪い手を破壊する。いずれも、現在の医学では完治できない、後遺症が残るように執拗に世に災いをもたらす元凶となる身体の部位を損壊する。これが、白髪の少年が導き出した——正義の執行の仕方だ。
それが理想的な方法では無いとは理解しながらも、現実的な方法だと自分を納得させる。結局は暴力がもっとも簡単かつ、確実な解決な方法なのだと、そう考える。元より、悩む必要もない、人間では無く都市伝説なのだから。
「ここが、烏丸黄昏の部屋があるフロアだな」
目をつぶりながら、指先に神経を研ぎ澄ませ。ガチャガチャと針金と、特殊な鉄の棒を鍵穴から挿し込み非常口を開錠する。
そのまま歩き部屋の前にたどり着く。部屋の鍵は、磁気式カードを使って開くタイプの扉ではあるが、磁気式タイプのドアも停電時に物理的に開錠できるように、磁気式ICカードリーダーを取り外せば、下には物理的な鍵穴があることがほとんどであり、実際烏丸黄昏の部屋も例外に漏れず物理的な鍵穴が見つかった。
「ほらね」
鍵の構造は、裏口の物よりは単純だ。一般的なデュプリケイトキータイプの鍵穴。目をつぶり、指先のかすかな感触に頼りながら鍵穴を開ける。指先の感触で、開錠に成功したのを確認し、ドアノブに手をかけてそのまま部屋に侵入する
「ホンモノめ。随分とまぁ——暴れたなぁ」
部屋の中で局所的な竜巻でも発生したかのように、壊滅的にあちらこちらが破壊されていた。もちろんその破壊の中心点は電子機器類を中心としていたが……それは、銀星の目的を達成というよりは、感情の爆発のようなものに白髪の少年は感じた。
部屋の奥に進むのを邪魔する、真ん中から叩き割られたファミリータイプのテーブルの木片を蹴り飛ばし、前へ進む。奥の方には、とっ散らかった部屋の床に胡坐をくみながら、色とりどりの多面体のサイコロを振る男が居た。
「はじめまして。銀星くんとよく似た方」
「お前、俺が見えてんのか」
「はい。——はっきりと」
白髪の少年は、普段は銀星と同じように自分から相手に話しかけない限りは、まず認識されることはない。執行の時には怪異としての制約のため、相手に自分の『人間』としてのイメージを認識させる必要があり、相手になにがしかの声をかけるが、その前に気づかれたということは、最初から存在が認識されていたという事である。
「私を殺しに来たのですか、——あなたは」
「半分、だけな」
「そうですか。それは、なんのためにですか」
「お前がしようとしている事が為されると、多くの人間が命を失う」
「——私が何をしても、しなくても弱き者は命を奪われますよ。今、この瞬間も別の形で多くの人間が命を奪われている。理不尽にね」
「そう、かもな」
「だから、私が強者も、弱者も分け隔てなく平等な世界にしようと思うんだ」
「俺には関係ないね」
「そうだね。おじさんの独り言に付き合ってくれてありがとう。最後にサイコロを振らせてもらっていいかな」
黙って、首を縦に振る。相手から声を掛けられてから少年のペースが崩されている。手に持った鉄バットを振り下ろせばいい、ただそれだけだと頭では理解しているのに、そうしない。自分という存在のベースが銀星にあるためなのか、それともこの烏丸
「そうか、ふむ。そうくるか」
「——ッ!」
白髪の少年は、相手のペースに乗せられている事をここで確信する。そして、自分の方に突き立てられるであろう数秒後の未来を予測し、バットでナイフを打ち払わんと構える。
「なら、私はここで——退場だ」
柔和そうな顔で、手に持ったナイフを心臓に突き立てる。刃渡り10センチのナイフが、まるで飲み込まれるように黄昏の心臓を貫き、黄昏はそのまま前かがみに倒れ、白髪の少年の靴のつま先に、黄昏という血袋から溢れ出た命の水が触れ、確実にこの男が死んでいる事を、疑いようのない現実として感じさせられたのだった。
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