第14話『異世界転生オンライン:月に吠ゆるモノの塔』

 銀星と虚子は、この異世界転生オンラインの中での都市伝説の舞台となる『月に吠ゆるモノの塔』に訪れていた。双子の姉妹塔のカラクリを起動しなければ、到達できない、隠しフィールド。二人は月に吠ゆるモノの塔の入り口に立っていた。


「凄いな。地面から塔が生えてくるとか」


「まさにゲームならではのギミックなの」


 この塔は、玉座の間からせりあがるようにして突き出した円柱状の塔であり、頂上部までは縞瑪瑙めのうで作られた螺旋階段になっており、虚子は車椅子のままでは階段を登る事ができないため、銀星におぶられながら頂上を目指す。塔の内部は双子の姉妹塔よりも遥かに年月を感じさせる作りであり、この塔が、古城の中でも一番最初に建造させれた建築物であることを容易に想像させた。


 多少の黴臭さ、空気の澱みを感じさせる塔ではあるが、煌びやかで華美な装飾や、邪悪な禍々しい意匠などはほどこされているわけではなく、いたって普通の白い壁の塔というのが二人の感想であった。


「カラクリ仕掛けで塔が生えるのは凄いと思ったけど、塔の内部は何というか無機質な感じだな」


「双子の姉妹塔や、王城にあったような城を思わせる意匠が全くないなの」


「なんというか、クリエイターや芸術家とかが好んで住まう打ち放しコンクリートの建造物を、1000年の歳月をかけて風化させたような、そんな感じの建造物だな」


「同意なの。でも、確かに構造はシンプルではあるもののいままでのフィールドの中で最も高い現実感なの。まるで本当にボクたちがそこにいるんじゃないかと思うような存在感……」


「そうなんだよなー。なんっていうか、ほこりっぽいっていうか、黴っぽいっていうか、古城の隠し塔だから換気がされてないっていう感じがリアルだなぁと感じるね」


「匠の技なの」


「なんということでしょう」


 螺旋階段を登る間特に銀星と虚子は話しながら歩いていると、塔の最上階に到達した。塔の最上部は姉妹塔と同じように書庫であった。だが、この書庫に蔵書されていた本は、活版印刷で刷られた姉妹塔の本とは異なり、羊皮紙の上に何らかの動物の血を用いて記述された、夥しい数の本が蔵書されていた。書庫というよりも、この部屋は図書館である。


 蔵書されている、本の材質のせいかこの部屋はどことなく独特の黴臭さと、かすかに鉄の臭いを感じさせるような部屋であった。虚子は何冊か蔵書されている羊皮紙でできた本を手に取り、中身を確認するべくパラパラと読み進める。


「――かーちん。凄い! この禁書庫に蔵書されている本、どれも特A級の機密情報なの」


「特A級ということは、ダークウェブ上でも手に入らない情報のことか?」


「そうなの。秘匿レベルで言うと、ミスカトニック大学のデータベースにアクセスしないと手に入らないレベルの情報なの」


「ただのゲームの隠しフィールドになんでそんな情報が貯蔵されているとは驚きだな。どうなってんだこの異世界転生オンラインってゲームは」


「謎なの……。ボクと同じような方法で、外部からゲームの構造を改竄して作られたフィールドなのか、それともこのゲームの開発者の誰かが用意したのか……分からないなの」


「ミームでも特定できないのか?」


「作成者の情報を遡ることができないなの。デバイス固有MAC ID、IPも完全に削除されているなの。このフィールドの作成者の足跡を追跡できないなの」


「……つまり、世界がヤバい?」


「世界はヤバくないなの。でも、とっても凄いことなの」


「わかりみ深い」


 銀星は全く意味が分かっていなかったが、分かった体で話を繫げる。


「ここの部屋に貯蔵されている情報は膨大でとってもレアなの」


「それな」


「うん。ボクは可能な限りデータをコピーして、ここの部屋に常に接続できるように強制的に、ポータルを作成するなの」


「り」

 

 虚子はプログラミングを強制改竄し、ポータルを作ることに成功する。つまり虚子の引き籠り部屋からここにいつでもアクセスが可能になるショートカットを作ったということである。


「……これは思わぬ報酬なの。それじゃあ、これから都市伝説の再現を行うなの」


「たしかに」


「……かーちん、ちょっと前から死んだ魚の目のようになっているけど大丈夫なの? ボクはかーちんのことが心配なの」


「ミームの話しがなかなか興味深かったから、聞き漏らさないように集中して傾聴していたんだよ。もう一言一句漏らさないように集中して拝聴しておりました」


「かーちん、とってもえらいなの」


 もちろん銀星は何一つ虚子の言っている事は理解できていない。


「それじゃ改めて、最後の仕上げを行うなの」


「了解」


 銀星は右腕だけで器用に虚子を抱えて、虚子の指示通りに部屋の最奥にある椅子に座らせる。虚子は年季の入った机の上に置かれた一冊の本を開き、朗読する。その本は表紙には五芒星、そして五芒星の中央には目と思われる意匠が施された本であった。


 虚子が、英語でも日本語でもない奇怪な呪いのような言葉を朗読し終えると、机の向かいに五芒星が浮かび出る。その五芒星の中心に、いかにもゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)といったような、女神のように美しい女性キャラクターが微笑みを浮かべながら現われた。アニメや漫画などの異世界転生物の作品に現れる、いわゆるテンプレ転生女神の特徴を模した姿をした女性NPCであった。


「おめでとうございます。試練を乗り越えたあなたはこの世界に転生する資格が与えられました。転生しますか? 《▶はい いいえ》」


「—死ぬなの。究極外法……コズミック・メルト・ダウン、なのっ!」


 突如現われたNPCの少女が半月状のドームに包まれる。その刹那、眩いばかりの蒼光がNPCを中心に拡散する。遺伝子レベルでズタズタに引き裂く蒼き閃光——この異世界転生オンラインの中で究極の破壊魔法である。


 NPCのアバターの顔の表皮はドロドロに溶解し、美しかった顔はグズグズとラクレットチーズのように溶け始める。既に顔の左半分は皮膚と筋肉が剥がれ落ち、その下の髑髏がむき出しになっている。それでも、笑顔と思われる表情を崩さずに全く同じ言葉を繰り返す。


「おめでとうございます。試練を乗り越えたあなたはこの世界に転生する資格が与えられました。転生しましょう。 《▶はい いいえ》」


 まるで催眠術にかけられたかのように銀星はその女の元に吸い寄せられる。何かに取り憑かれたかのように、銀星は《▶はい》に引き寄せられる。


「《は……——ぁあああっちぇすとおおおおおおおっ!」


 残された右腕だけでバットを大きく振りかぶり、NPCの頚椎部を狙い袈裟懸けに振りぬく。首の骨と頚椎がゴギリと音を鳴らし、あらぬ角度に捻じ曲がる。


「おめでとうございます。試練を乗り越えたあなたはこの世界に転生する事が認められました。転生しますか? 《▶はい いいえ》《▶はい いいえ》《▶はい いいえ》《▶はぃ いいえ》《▶はい いいぇ》《▶はぃ ぃぃえ》《▶はぃ ぃえす》《▶はぃ ぃぇす》《▶はい YeS》転生しなさい。転生しなさい。転生しました。おめでとうございます。おめでとうございます。」


 一瞬、ザザッと砂漠のようなノイズが発生したかと思うと画面がブラックアウト。その数十秒後に、運営からのメッセージとしてサーバートラブルのための緊急メンテナンスが行われるとのポップアップが表示され、銀星と虚子は強制的に異世界転生オンラインからログアウトさせられた。


「緊急メンテか」


「すごっ……こわかったなの」


「だな……ところであそこで『はい』って答えていたらどうなっていたんだ?」


「この現実世界から強制ログアウトさせられて、異世界転生オンラインのドリームランド王国のNPCにさせられていたなの」


「それって、要するに死ぬってことだよな」


 虚子は少し考えた後に、銀星に語る。


「異世界に転生した、とも言えるなの」


「転生……か」


「そこまで突飛なことではないなの。ボクたちはチートでステータスマックスで一日目であの塔に到達したから想い入れはないけど、本当はあそこの塔の最上階に到達するには膨大な時間と労力を費やさなければいけないなの」


「長い時間をあの空間で過ごしていると、こちらの現実よりも、異世界転生オンラインの世界の方が、プレイヤーにとっての現実に近くなってくるのかもしれないな」


「ネトゲで知り合った当時のボクたちも同じようなものだったなの」


「確かに……そうだな」


「なの」


「っ、それにしても、これで一応は事件は解決したのかな? ほら、最後サーバーダウンで強制ログアウトさせられたから。まぁ、頚椎へし折ってるし大丈夫だとは思ってるけどさ」


「……ボクもいろいろ分からない事があるから……今回は調査に時間が必要なの」


 銀星と虚子の顔を煌々と照らす12のモニターの前でぼんやりしていると、ピンポンとチャイムの電子音が聞こえてくる。この家に訪れる来客は虚子がネットで注文したものを届けにくる親切な配達員くらいのものだ。


 銀星は『開現寺』姓のシャチハタをもって玄関に小走りで向かう。念のために玄関の覗き穴越しで確認すると、深々とキャップを被っていたので顔の表情は見えなかったが、配達員の格好をした女性であるということは確認ができた。のぞき窓からは良く見えなかったが、かすかに口角があがっており微笑んでいるようにも見えた。


「あっ、いま開けますので、待っててください!」


 ドアの鍵に手をつけた時に、扉の向こうの配達員が何かブツブツ言っている声が聞こえてくる。銀星はドアの鍵を握ったままで、耳を澄ませる


「お……ござ……あすぅ。し……んで……」


「あの、どちら様、ですか?」


「転生しましょう。転生しましょう。転生しましょう。《▶はい ×××》」

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