最7話 さようなら、おっさん

「それって、おっさんとはもう会えないってこと!?」


 いらだった口調で聞くと、神様はツンとすました顔でおっさんのために用意した酒を飲み干した。


「そなたが神社に参拝すれば、会えるかもしれんな。ただ、他の人間に見られるのは、非常に危険じゃ。今のうちにわかれのあいさつでもしておくがよい」

「そんな。おっさんっ!!」


 そもそも、こんな快適な生活を捨てて、おっさんに神様の真似事なんて勤まるはずがない。なにを願おうと、聞いてくれなさそうだし。


「青年よ、もうあきらめてくれ」


 おっさんは、やけにはっきりと言った。


 なんだよ、それ。


 神社に行ったら、もう会えないかもしれないんだぞっ。もう水槽でおよぐことすらできないってのに。


 なのに……。


「青年よ。そんなにおっさんを気に入っているのか?」


 神様は、土足で心に踏み込んできた。


「ああ。こんな風に気ままに、時に激しく生きたいなと思う。おっさんは、あこがれなんだっ!!」


 自分でも不思議な言葉が飛び出したなと思ったが、もう引っ込みがつかない。この思いはあこがれだ。それ以上でも、以下でも、きっとないっ。


 おっさんも神様も、その答えにポカンとしている。


 おっさんの生き様は、自堕落に見えるかもしれない。時にわがままに感じるかもしれない。だけど、そこにはちゃんとした理由と答えがあって、論理的に生きていた。


 そこにあこがれなくて、なににあこがれろと言うんだ!? この際、ときめきは無視してやる。


「青年よ」


 おっさんは、おだやかに呼びかける。


「その気持ちだけで充分だ。できれば、ご両親にもきちんとあいさつしたかったが、それはかなわぬこと。青年から伝えておくれ」

「おっさんっ!!」


 ああ、ちいさなおっさんを抱きしめることすらできないなんてっ。


 いつの間にか、おっさんは、大事な、とても大事な存在になっていたのだった。この気持ちに名前をつけてしまったら、きっと深く後悔する。だけど……。


 泣きじゃくる自分の頭を、おっさんがなでる。虫に這われたような感覚しかないけれど、たしかに、おっさんはここにいた。


「神社に、会いに行くからっ」

「酒とチーズ鱈をわすれるなよ?」


 わすれないよ。きちんと神様っぽい衣装も、母さんに縫ってもらうから。それ、持って行くから。


「神主には、わしらは見えんのじゃよ」


 神様から絶望的な言葉が聞こえる。


 じゃあもう、これが、実質的なわかれってことかよ。


「じゃがな、時々はこの家におっさんをよこすでな。これまで通り、酒とチーズ鱈は用意してやってくれや」

「本当に? おっさん、帰ってくる?」

「神様のゆるしが出たらな」


 もう、これでもかというほどひどい泣き顔を神様に向ける。


「ああ。検討しよう」


 そうして、神様はおっさんを連れて、消えてしまったのだった。


 ◆◆◆


 神社に行くことはあっても、おっさんに会えることはなかった。


 空虚な日々がしばらくつづき、そんな自分のことを母さんは笑ったけれど、なにもやる気が起きなかった。


「おっさん……」

「なんだ?」


 ……うん?


 目をあげる。水槽で派手に水しぶきがあがった。


「いやっほーぅ!!」


 なんと、おっさんが元気に水槽でおよいでいるじゃないかっ!?


「なん、だよ。もう戻ってきたのか?」


 口から出たのは、精一杯のつよがり。


「ああ。なぜか、神様を怒らせてしまったようでな。もう帰ってくれと言われた」

「ぷっ。くくっ」


 自分の口から不思議な笑いがもれる。


 神様が、おっさんにあきたんだっ!! やったっ。


 そして、今日も元気に、おっさんが水槽でおよいでいる。


「見て、見て!! ウィーリー!」


 おっさんはグッピーをありえない角度で調教している。角度重視かよ。


「すぐに帰ってくるとは思っていたけど」


 母さんはのんきに、おっさんの新しい水着を縫っている。


 ひぐらしが鳴く。


 もう少ししたら、秋が来るな。


 この胸のときめきは、もう少し様子を見ようと思う。だって、もう充分しあわせだから。でも、できればもっとしあわせになりたい。しあわせにしてあげたい。そのための努力は惜しまない。笑顔と共に。


 おっさんのたのしそうな姿を見ながら、今日も平和でよかったと、安心するのだった。


 ファーストシーズン・完




 ※ファーストシーズンはこれにて完了となります。セカンドシーズンはしばらくお待ちください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます