第28話 勘のいい人狼は嫌いだよ(嫌いではない)

「血液、って。それって、なにか重要な価値があるものなの?」



 神妙に告げられた事実に、気後れしつつも尋ねた。

 金品ならともかく。血液を盗まれた、ということの重要さの度合いが、今ひとつピンとこない。

 人狼の末裔の血液には、何か人間とは違う付加価値みたいなものがあったりするんだろうか。



「基本的には俺たち人狼にとって、血液は普通の人間と同程度の価値しかない」


「普通の人間と同程度」


「輸血だとか、人間が血を必要とする時と一緒だってことだよ。それ以上でもそれ以下でもない。

 それに輸血が要る時だって、人狼の血に限ってるわけじゃない。緊急時には人間の血を輸血することもざらだ。俺たちが一般の場所で献血することは控えてるけど、人狼の血を人間に輸血することだって通常なら問題ないとされているしな。

 だから、盗んでまで俺たちが血を必要とすることはないんだ。普通はな」



 私への説明に、若林くんは眉をひそめる。



「もしかして、俺たち吸血鬼を疑ってるのか?」

「別に、お前ら吸血鬼がエサ欲しさで盗ったんじゃないか、と疑ってるわけじゃない。

 お前らが好むのは人間の血だろう。好き好んで俺たち人狼の血なんざ飲みたくないだろ」


 蒼兄は頭を振って否定する。


「吸血鬼も人狼も、基本的に人狼の血は必要としない。もちろん、人間だってそうだ。

 ただ。物事には、何事にも例外が存在する」


 意味深に言い置いてから。

 蒼兄は、眉間に刻まれた皺を深めた。



「しぃ。あの時、若林に化けてた奴が言ったことを覚えてるか?

 あいつは、しぃのことを『喰う』だのなんだの言っていた」



 言ってたね。

 もしやカニバリズムかと思って、えらく焦りましたもの。

 実際にはカニバリズムじゃなくて、性的な意味の方でしたけれども。

 別の意味でのR18でしたけれども。




「あの文脈のまま受け取れば。単純に、いかがわしい方面で手を出そうとしてたって意味に受け取れるし、実際にあの場で奴がしようとしてたのは、そっち方向のことなんだろうさ。

 けど、それだけにしちゃ、少し違和感のある言い回しをしていた。

 あいつは、こうも言っていただろ。


 『だって君、人間でしょ?』


 ――ってな。

 まるで。人間だから見逃す、とでもいうような言い草で」




 蒼兄の指摘に、思わず目をむいた。


 そうだ。確かに、黒崎朔はそう言っていた。

 あの時はこっちも必死だったので、違和感に気付かなかったけど。


 確かに。確かに、私は人間だ。

 だけど。あの状況で、あの文脈で、わざわざそんなことを言う必要なんてあっただろうか?


 もしかして、つまり。

 それは裏を返せば、ということ?



「たとえば。黒崎朔……若林くんと蒼兄に化けた奴は、人間じゃない種族の血を飲むことで、その人の姿に変身することができるってこと?」

「いい線だよ、しぃ。

 だが、それだけなら。それだけならば、良いんだがな」


 私の発言に、しかし蒼兄は渋い表情のまま唸る。


「話が前後したが。盗まれたのはに指定されている血。

 具体的には、俺の血液だ。

 その直後に、俺の姿に化けた人物が現れた。証拠があるわけじゃないが、タイミングからして因果関係を疑うのには充分だろう。

 けど。一つ、腑に落ちないことがある。

 誰かに化けて、しぃを呼び出すことが目的なのだとしたら。危険を犯してまで、俺の血を盗むメリットがない。それなら俺でなく、別の誰かで良かったはずだ」


「人間の血だと化けられないなら、適当な人が蒼兄しかいなかったんじゃないの?」


「なら、俺より若林や奥村に化けた方が余程も早いだろ。既に若林には一度化けてるんだしな。

 これまで俺は、サークル員として、しぃと話したことはほとんどなかった。しぃに近付くのが目的なら、俺になりすます理由は特にないんだよ。

 俺たちが義理の兄妹だと知ってたならともかく、あいつはその手を使わなかった」



 そうだった。

 もし私と蒼兄の関係を知っていたなら、それを利用しない手はない。正体を明かし、積もる話でもしようとでも言われたなら、私は一にも二にもなく、喜んでそれに乗っただろう。能楽鑑賞をダシにするよりよっぽど確実だ。


 だけど黒崎は、それをしなかった。

 それなりに興味のあったサークルの勧誘とはいえ。安室蒼夜と蒼兄が結びついていない当時の状況下で、私を今日ここに誘ったとて、私が乗ってくるかどうかは、半分以上、賭けに近かったはずだ。


 だったら若林くんか緋人くんに化けた方が、既に信頼関係がある分、余程も確実だ。

 実際、合宿の夜にそうしたように。



「だから黒崎の本当の目的は、別のところにあると考える方が妥当だ。しぃを呼び出したのは、単なる副産物なのかもしれない。

 それと、もう一つ」



 蒼兄は、若林くんたちの方を見据えたままで、手だけ藍ちゃんの方へ伸ばした。その合図を受け、藍ちゃんは胸ポケットから数枚の写真を取り出す。

 写真を受け取り、蒼兄はテーブルの上に広げた。私ものぞき込もうとしたが、身体を寄せる前に背後から藍ちゃんに目を塞がれる。


「白香ちゃんは駄目だよ。結構なスプラッタだからね」


 スプラッタか!

 それは普通に嫌だな!!

 ありがとう藍ちゃん!!!



「これは、犯人に襲撃され傷を負った仲間の写真だ。命に別状はないが、見てのとおり足を重点的に切り裂かれて、かなり出血した。獲物は、爪、だったそうだ。

 相手は単独犯だった。俺の血液を輸送していた仲間は二人。手練れの人狼なんだが、襲撃時、急に身体が動かなくなったそうだ。それでろくに抵抗も出来ず、追跡もできなかった。

 犯人は、黒崎当人ではなく共犯者である可能性もあるが。

 もし同一人物だとしたら、それは違った意味を持つことになる」



 藍ちゃんが手を離し、視界が広がる。テーブルの上の写真は、既に片付けられていた。

 若林くんも緋人くんも、かなり深刻そうな表情である。

 だいぶスプラッタだったんだろうか。



「俺が懸念しているのは。

 黒崎が模倣できるのは、姿可能性。

 『対象の血を飲むことで、その姿に化け、かつ』可能性だ」



 蒼兄の言葉に度肝を抜かれる。


 相手の能力をトレースする!?

 いや、それ、かなりのチートでは!?

 ファンタジーとかで出てくる能力だと、コピー系って大体強いイメージあるけど!?




「さて。ここまで言えば、、俺が何を言いたいのか分かっただろう?」




 黒崎の能力について気を取られているところに。

 蒼兄は、ゆるりと口元に笑みを浮かべ、肘掛けへ頬杖をついた。






「それなりに時間はやったつもりだが、上手い弁解は考え出せたか?

 






 突然の、とんでもない発言に。

 私は思わず、弾かれたようにソファーから腰を浮かせる。



「まさか蒼兄、緋人くんが犯人だって言ってるの!?

 それはないよ! 絶対ないから!!!」



 反射的に異を唱えた。


 それは違う。それは違うぞ蒼兄!

 いくら中身が漆黒だからって、そういうことをする人じゃない!


 それにプライバシーだから言えないけど、緋人くんの能力はそれじゃない!

 彼の能力は、痛みを感じさせないよう麻痺させるのと、爪で簡単に皮膚を切り裂けることで、




 ……




 






 蒼兄は空いた手を私の肩に置き、宥めるようにもう一度ソファーに座らせる。



「俺は別に、奥村イコール黒崎だと言っている訳じゃないよ、しぃ。あいつの能力がそれだったら、はなから若林にだって検討がついてるはずだ。

 若林の反応を観察してたけど、そういうわけではないらしい。

 けれど、どうやら。しぃと若林の反応を見るに。

 襲撃犯の能力は、

 犯人は顔を隠していたが。おそらく相手は、奥村と同じ顔をしていたはずだ」



 その通りだった。

 緋人くんの能力は、麻痺と、爪での切り裂き。

 それは血液を盗んだという犯人の特徴と同じだ。


 今度は若林くんが声を上げる。



「待てよ。仮にそうだとしても、それは俺やお前と同じように、緋人の血が黒崎に利用されたってことにしかならない。どうして緋人を疑うことになるんだ」


「ならば聞こう。

 若林。お前はここ最近、奥村以外に血をやったか?

 ないしは何者かに、血を抜かれた形跡はあったか?」


「それは」



 問われて、若林くんは言い淀んだ。

 蒼兄はなおも続ける。



「俺の姿をした奴が現れたのは分かる。実際に俺は血を盗まれているからな。

 だが、若林と奥村を模した奴が現れたのは、何故だ?

 本人に血を盗られた覚えがないというのに、何故だ?

 ここから、一番簡単に導き出せる答えはなんだ?」



 ここに来て、遅ればせながら気が付いた。


 こういう場では。頭を使うような、議論をするような場面では、どちらかというと若林くんより緋人くんの方が話をしていることが多かった。


 だけど緋人くんは。

 先ほどから、ずっと黙り込んだままだ。




「奥村は。

 吸血鬼が仲間同士で血を融通していることは知ってる。

 だからその延長で、奥村は若林の血を、黒崎朔に横流ししたんだろうさ」




「そんなこと」



 若林くんが、否定しようとまた声を上げるが。

 後が、続かない。



「奥村は。こと若林のことになると、少々、見境をなくすらしい」



 蒼兄は、口元では悠然とした笑みを浮かべてみせながら、鋭い眼光を緋人くんへ向ける。



「方法は伏せさせて貰うが。少々、お前らのことを調べさせて貰った。

 奥村は元々、しぃが若林に近付くことを良しとしていなかったようだな。

 だから、しぃが、どのくらい信頼できるのかを試すために、黒崎を雇ったんだろう」











「人狼のくせに、えらく察しがいいじゃないか」






 ずっと黙り込んでいた緋人くんは。

 至って静かな声で、それを認めた。

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