第24話 メガネと黒髪ともふもふ
日曜日の午後。私は安室くんとの待ち合わせ場所である、有楽町駅に来ていた。
本日の私は、白のブラウスにミントグリーンの膝丈フレアスカートという、少々お嬢様めいた装いだ。
能楽鑑賞ということなので、あまりラフな恰好では気がひける。なので今日は、念のため大人しめの恰好にしたのだ。
前に環に見つくろってもらった一式である。環さまさまだ。
しかし服装がいつもと違うせいか、まるで気合いを入れてデートに望んででもいるみたいだ。
断じて違うぞ。私は本日、至って文化的な教養のために来ているのだ。割と楽しみでオペラグラスまで持参していた。そういう意味では気合いは入れている。
待ち合わせ場所に着くと、ほとんど時間差なしに安室くんと合流できた。彼はぱりっとした白いシャツに紺のジャケットとスラックスという、やはり落ち着いた装いだ。
それ自体に文句はないし、むしろ好みの服の系統ですらある。
だが。
しかし。
「何故、髪を黒く染めないィ!」
「洋服でもいちゃもんかよ!?」
「ノーブルな服装にも黒髪が似合うんだよ! 君は藍ちゃんを見習いたまえ!」
「あいつは女だろ!」
挨拶もそこそこに、私はまたもや絡んだ。
ほんとにもー! お前はもー!
タダで連れてきてもらう手前、ありがたい気持ちはいっぱいだったが、我慢できないものはしょうがないよね!
本当、私が黒く染めてやろうか。
なんだかここまできたら無性に黒く染めてやりたいぞ。
「そういえば。今日はメガネなんだね」
絡み終わったところで、ふと気になって話題をふった。
安室くんは本日、黒縁のメガネをかけている。いつもは何もつけていないが、コンタクトだったんだろうか。合宿の夜もメガネはしてなかったと思うけど。
「普段はコンタクトなの?」
「いや、元々裸眼だよ。これは伊達」
「へー、お洒落?」
能楽鑑賞だし、彼も彼で気合い入れてるのかなあ、と何気なく言った私の言葉に。安室くんは、ああ、と苦笑いを浮かべる。
「試しにね」
試し? なんの試し?
……あ。もしかして、そういうこと?
そういえば、こないだのレクチャーでメガネ男子について語った気がする。一般人に分かりやすいだろう属性だからってんで、結構な分量をメガネ男子について語った気がするな。
それで試しにメガネにしてみたのかな?
前回めちゃめちゃ私にこき下ろされたのが悔しくてリベンジとな?
うん。学ぶ姿勢は評価するぞ安室くん。
しかし、残念だったな少年。
「ごめん。実は私、メガネ男子は萌えない」
「嘘だろ!? アレだけ引き合いに出してたじゃねぇか!?」
「厳密に言うと、三次元のメガネ男子は萌えない」
「なんでだよッ!?」
「メガネ男子は二次元専門」
「なんでだよッ!?」
すまん。私の説明が悪かった。世の中にはそういう人もいるんだ。
でも、萌えないものは萌えない。
うーん。安室くんはいい人なんだけど、なんか残念なんだよなぁ。
声は、短刀を擬人化した某イケショタみたいな低音ボイスでいい感じなんだけど。
いじられキャラでどっか抜けてるイメージだったけど、見事にそのまんまだな。
残念ワンコ系男子だな。
でも。
会話するようになったのはここ最近だけど、安室くんはなんだかとても話しやすい。
男子との会話はまだちょっと構えてしまう私だけど、安室くんとは気負わずに話せるし、妙な安心感があった。
きっと、そのおかげなのだろう。
今この状態でも、(おそらく)相手に違和感を感じさせない程度に自然体でいられるのは。
思いっきり背後から突き刺さる視線を感じ、私は何気ない素振りで背後を窺った。
私たちの後方には、怪しい挙動の二人組がいる。
帽子を被り、マスクを着用していて顔はよく見えない。
だが私は事前にネタばらしをされているので、それが若林くんと緋人くんであることを知っている。
安室くんとの能楽鑑賞に際し、緋人くんは「そのつもりで動く」と言った。
その結果が、こちらの尾行である。
本人が了承済みなのに尾行ってのも変な話だけど!
まあ安室くんは知らんからな。
安室くんが敵である証拠はない。けれども無関係という保証もない。
なので念のため、二人は私たちを尾行することにしたらしい。何かあった時にすぐ動けるようにするためらしかった。
LINEでその旨の連絡を受けて、電車の中で天井を仰いだのが十五分前の話である。
ううむ。こんなことになるなら遠慮しとくべきだったな。
せっかくの休日に二人を付き合わせてしまって、流石に申し訳ない。
尾行自体は、別に何一つやましいことはないし、デートでもないから、とりたてて抵抗とかはないけど。半分くらいは共犯なので、安室くんにバレないかどうかは、めちゃくちゃハラハラする。
万が一バレたとしたらどう弁解するんだろうな。
私は嘘とか下手だし、知らないふりをさせてもらおう。
まーね、緋人くんのことだから、上手いことやるんだろうけども。
しかし。この二人の状況は、あれだな?
ギムナジウムの仲良しコンビが、休日に無断外出してこっそり街を散策しているみたいで、とってもよろしいな?
正面からめっちゃガン見したいな?
いや実際に正面からガン見したら、緋人くんに笑顔で目潰しされる未来しか見えないけれども!
無断外出の二人のせいで、いや実際には無断もなにもないのだが、ともあれテンションは静かに急上昇中だ。
だから私は密かに自分の手に爪を立てて堪えた。このせいで安室くんに気付かれたら、いよいよ緋人様からフルボッコである。
挨拶という名のウザ絡みが済んだところで、安室くんは慣れたようすで歩き始める。
銀座の街は、車通りも人通りも多い。テレビで見たことのあるような建物のそびえる街を、物珍しく見回して後を着いていった。
しばらく歩いて、一本の細い道を曲がると。さっきまでの喧噪が嘘のように、人通りがなくなる。高い建物に囲まれた日陰の路地は、店舗などの裏側に面しているようで、あまり観光客や遊びに来た人間が通る道ではないらしい。一台のバンが私たちの横を通ったが、それが過ぎるとまたしんと静まり返った。
都会でも裏道はこんなもんなんだなあ、と変に感心していると。
急に、安室くんは立ち止まった。
何かと思って彼を見上げると、不意に安室くんは真顔になる。
「やあれ。やっぱり来たか。
残念だ、実に残念だよ」
その言葉にドキリとする。
やっべ。二人のことがバレたか。
それにしちゃ、なんか台詞が物騒じゃない?
と、暢気なことを考えていると。
安室くんはにわかに左手を広げ、私を庇うように後ろに下がらせた。
次の瞬間。
ヒュン、と何かが空を切る音がして、ドンと鈍い音が近くで響く。
「やあ。
安室くんは、右手で何かを握りしめていた。
まさか、あれなの?
飛んできた物体、受け止めたの???
それを今度は、飛んできた方角へ投げ返す。
飛んでいった先は、ビルの屋上。固いものに当たる音がして、それから人影が動くのが見えた。
「街中で暴れるなよ。無関係な人を巻き込むだろう。
これだから野蛮な輩は無粋でいけない」
ええと、うん。
情報が。情報量がアレで。
状況が、アレなんだけど。
待て。
待ってくれ。
この状況は。
どこかで、見た。
度肝を抜かれたのは、意味の分からない物体がこちらに飛んできたから、だけではない。
私の見間違いでなければ。
さっきも私がウザ絡みした安室くんの髪は、唐突に黒髪に変わっていた。
そして。
安室くんの頭の上には、ふさふさと毛の生えた三角が。
犬のような耳が生えていた。
「は?」
これは。
これは、前に見た。
若林くんが吸血鬼の正体を見せてしまった時と同じだ。
「ごめん、驚いただろ。大丈夫?」
振り返った彼は、話しぶりからしても、見た目からしても、これまで私が会話していたサークル同期の安室蒼夜に違いない。
けれども彼の髪は、一瞬にして茶から黒に変わり。
そしてどう考えても、ケモ耳がある。
何回瞬きしても、ケモ耳がある。
もふもふしている。
とても触りたい。
さっきの謎の飛来物も含めて、何が起きたのか、思考は追いつかない。
だけど、とりあえず。
確実に、今の私が言えることは。
「ケモ耳は萌えない……」
「この状況でそれ言う!?」
「一応お伝えするのが礼儀かと思って……」
「なんでだよッ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます