【第103話:今日ぐらいは】

 迷宮の床や壁は、どう見ても人工物のようだ。


 王都で止まった宿『精霊の涙亭』で使われていた鉱石レンガにも似ているが、それともまた違う。

 色も緑がかっておらず少しくすんだ灰色で、表面も凹凸が残る感じだ。


 一見すると、あまり硬く無さそうに見えるのだが、宿でメイシーに聞いた話では、凄い強度を誇っているらしい。

 なんでも、過去にドワーフの鍛冶師が削って運び出そうとしたことがあるらしいのだが、持ち込んだあらゆる工具を全てダメにしても破片すら持ちだせなかったそうだ。


 そんな迷宮の中をオレが先頭になって進む。

 後ろをメイシーが守り、ユイナが真ん中を歩く形で、出来るだけ臨機応変に対応できるように警戒も欠かさない。


「出来るだけボクも魔物の魔力を見逃さないように気をつけるし、視界の悪い所では探知の技能も使っていくけど、トリスくんも気をつけてね」


「大丈夫だ。油断はしていない。それよりも、ユイナはあまり気負い過ぎるなよ?」


 今は仮面を付けてはいないが、ユイナには全属性耐性向上の魔法を切らさないようにもして貰っており、一番負担が大きい。


「そやで。迷宮は普通の討伐依頼よりもずっと長丁場になるんやから、そんな調子やと一日持たへんで」


「うん……二人ともありがと。そうだね。普通の討伐依頼が100m走だとしたら、迷宮は長時間……マラソンみたいなものだもんね!」


「め、めーとる? それになんや、まらそんって?」


 何かよくわからないが、ユイナは大きく深呼吸すると、一人で納得して肩の力を抜いてくれたようだ。


「おっと……話してる間に最初の魔物が現れたみたいやで」


「だね。数は五で右前方。こちらに気付いて向かって来てるよ! 魔力の感じからすると、そこまで強くないと思うけど油断しないでね!」


 オレはユイナに「了解!」と短く答えると、魔剣を抜いて構える。

 向かってきているならば、視界の開けているここで待ち受けた方が良いだろう。


「へ~。珍しいな。『ラットマン』や」


 メイシーが言ったラットマンという魔物は、オレは知らなかったのだが、ようは二足歩行の鼠の魔物のようだ。

 醜悪な鼠の顔に人と鼠のちょうど間……どちらかというと鼠よりか? まぁそのような体を持ち、手には粗末な武器を持っていた。


「長丁場だしユイナは出来るだけ魔力温存。メイシーは抜けた奴がいたら倒してくれ」


 オレは二人にそれぞれ指示を出すと、数歩前に出てこちらに向かって走り出したラットマンの群れを迎え撃つ。

 今回の迷宮探索では、メイシーの提案で全てオレが指示を出す事になっている。

 余裕のあるうちにこうやって経験を積ませて貰えるのは本当にありがたい。


「せめて、その期待に応えないとな」


 オレは小さくそう呟くと、最初に襲ってきたラットマンと対峙する。


 ラットマンは短剣で突きを放とうとしていたようだが、オレはリーチを活かして魔剣を逆袈裟に斬り上げて返り討ちにすると、続けて横から襲ってきた二匹目のラットマンのショートソードを振り上げた魔剣をそのまま切り返して振り下ろした。


「これで二匹!」


 粗末なショートソードは根元から魔剣に圧し折られ、驚いた表情を見せたラットマンに三段突きを放って靄へと変える。


「ほいさ!」


 そこへ気の抜けるようなメイシーの声が聞こえたかと思うと、オレの横をすり抜けようとした別のラットマンが、魔球ドンナーの一撃を受けて吹っ飛び爆散した。


 中々えぐいな……。


「まぁでも……情けはかけないぞ」


 オレは魔球に怯んだ四匹目のラットマンに向かって一息で踏み込み、魔剣を横に一閃。

 その身体を抵抗も感じずに上下に両断すると、その振り抜いた勢いそのままに回転し……。


「……『音無しの歩み』……」


 足元に展開した魔力を緩衝材に、回転運動を横への移動へと変換し、逃げ出そうとした最後のラットマンの横をすり抜け、同時に魔剣を水平に振り抜いた。


「残敵なし! 追加の敵も近くにはいないよ!」


 ユイナの素早い状況確認による戦闘完了報告を受けて、オレは魔剣を鞘へと収めてゆっくりと息を吐きだした。


 こうして迷宮の中での初めての戦闘は、問題なく無事に終わったのだった。


 ~


 オレがラットマンの落とした瘴気核を拾い集めて二人の元に戻ると、


「おつかれさ~ん。トリスっち、だいぶんその歩法をものにしてきたなぁ!」


 とメイシーに言われて、思い切り背中を叩かれた。


 何気にこの一撃は結構ダメージが大きいのだが、練習していた『音無しの歩み』を褒められて、ちょっと嬉しい……。


「その技、こう、トリスくんが地面を滑るように『シュバッ!』って移動して、カッコイイよね!」


 ユイナが「カッコイイ」と続けてくれたのは嬉しいが、その変な身振りをつけられると、本当にカッコ良いのかと不安になるな……。


「……じー……なんかボクに失礼なこと考えてない?」


 やっぱり、たまにユイナは鋭い……。


「そ、そんな事ないぞ?」


 オレはそう言って話を逸らそうと思ったのだが……、


「あぁぁ! 嘘ついた!! やっぱり考えてたんだ!」


 と言ってオレは指をさされてしまった。


「ちょ、ちょっと待て……まさかユイナ……」


 オレが慌ててユイナの方を見ると、人差し指を立てて、左右に振りながら勝ち誇った顔を見せる。


「ふっふっふっふ~♪ ソラルの街を出る前に、ミミルちゃんに教えて貰ったのだよ。トリスくん♪」


 くっ!? ミミル、なんてことを!?

 ユイナにオレが嘘を吐く時の癖を教えたのか!?


 それにしても、ユイナのどや顔が凄く腹が立つ……。


「お? なんや? トリスっちが嘘つく時の癖でもあるんか?」


 あ、やばい……メイシーがなんか楽しそうに「うちにも教えてぇや♪」って話題に入ってきた……。


「ちょっと待てぇ!?」


 迷宮初戦を良い感じで終えられたオレたちは、ちょっと油断し過ぎかもしれない。

 でも、おそらく今日の探索を終えてしまえば、あとは厳しくなる一方だ。

 そう思うと今日ぐらいは、こういうのも悪くないかと思えた。


 だけど……パーティーでの立場が厳しくなった気がするぞ……。


 オレはそんな事を考えながら、勝ち誇った顔でメイシーに耳打ちしているユイナの顔を、抗議のジト目で見つめたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る