【第91話:手のひらの上】
一通りの話が終わり、そろそろこの場を後にしようと思っていると、部屋の扉がノックされた。
「スノア様。うちの息子が来ていると聞いたのですが?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、オレの母であり、元宮廷魔法士の『マムア・フォン・ライアーノ』だ。
「来ておりますよ。リズ、開けて差し上げて」
そして、スノア殿下の指示で、リズが母マムアを部屋に迎え入れた。
「あら。マリアーナ様もいらしたのですね。あれあれ? さっき講義の先生がさがしていたような……あれあれ~?」
「ま、マムア先生! 私、ちょっと用事を思い出したので、ここで失礼させて頂きますね!」
マリアーナ殿下はマムアのそのとぼけた話に急に肩を跳ね上げて反応すると、挨拶もそこそこに慌ただしく部屋を出ていってしまった。
相変わらず、講義が嫌いで逃げ回っているようだ……。
「マムア先生、お姉様がいつもご迷惑をおかけしてすみません」
「あら? スノア様は気になさらなくて良いのよ?」
いつも思うが、見た目はともかく、どう見てもスノア殿下の方が姉のように見えるな……。
「で、我が息子は、こんなところで美少女に囲まれて何をしているのかしら?」
「なっ!? か、母さん! へ、変な言い方はやめてください!」
確かにユイナもメイシーもその容姿は美少女なのは間違いないし、マリアーナ殿下やスノア殿下、それにリズも美人よりの美少女なので、改めてそういう言い方をされると、変に意識してしまいそうだ。
まぁ、それが狙いなんだろうが……。
「トリス、それにユイナちゃんもお久しぶり。元気してた?」
「は、はい! マムア様!」
「……まぁ、なんとか元気にやっています……」
マムアは、ユイナとオレの返事を受けると、順番に視線を向け、そしてメイシーで視線を止めた。
「あら? あなたが噂のドワーフちゃんね?」
「は、はい。うちは、新しくパーティーに加えてもらったメイシーって言います!」
母マムアのその問いに、珍しく緊張した面もちで返事をするメイシー。
歴戦錬磨のメイシーだけに、マムアから何かを感じ取っているのかもしれない……。
とりあえずオレからもフォローしておこう。
「オレたち『剣の隠者』に加わってくれたメイシーだ。メイシーはオレやユイナと違って経験豊富な第一級冒険者で、いつも色々助けられているんだ」
メイシーは見た目だけだと、下手をするとオレよりも年下に見えるので、一応そう補足しておいた。
「うふふ。知ってるわよ~?
母のマムアは本当に油断が出来ない。
昔から何をやっても、オレはいつも手のひらの上で転がされている感じだ……。
「ど、どんな噂やろ……」
メイシーもなんとなくマムアの手強さを肌で感じ取っているのかもしれないと、そんな事を考えていた時だった。
「それで『仮面の冒険者』さんたちは、どんな依頼を受けたのかしら?」
突然、そう切り出してきたのだ。
「なっ!? どうして母さんがそれを!?」
家族はまだ誰も知らないはずではと、その答えを求めてスノア殿下に視線を向けたのだが……、
「トリス、ごめんなさい……マムア先生の情報収集能力を甘く見ていましたわ……」
返ってきたのは、そんな予想外の言葉だった。
スノア殿下が教えたのかと思ったが、どうやら自分の力で仮面の冒険者の正体を暴いたようだ。
やはり、マムアには勝てる気がしない……。
「そ、そうなのですね。その……なにかこう、すみません……」
そして、無性に申し訳なく思えたので謝っておいた。
「あらあら? そんな言い方したら、母さんが何か悪いことしたみたいじゃない? おろろろろ」
「な、なんですか、そのわざとらしい泣き真似は……」
そのやりとりを呆気にとられてみていたメイシーが思わず、
「と、トリスっちの母上は、なかなか凄い人みたいやな……」
と、呟きをもらす。
「うっ、言わないでくれ……すまない」
しかし、オレたちが仮面の冒険者だと言うことを知られてしまったのなら、ある程度話を通しておかないと、マムアも納得しないだろう。
そう思い、何をどこまで、どう話そうかと悩んでいると、代わりにスノア殿下が話をしてくれた。
そして、ある程度、これまでのオレとユイナの仮面の冒険者としての活躍などを掻い摘まんで話してくれたあと、
「それでトリスたちには、三日後に迷宮に向けて旅立ってもらうつもりです」
と、締めくくった。
「スノア様。ありがとうございます。トリスがそんな重要な星の元に生まれていたなんてねぇ」
マムアもオレの事をすべて把握していたわけではないようで、スノア殿下から聞いた話には、知らない事も多かったようだ。
「トリスたちは、お姉様の星詠みの結果でも迷宮に向かうべきと道が示されています。星の導きは厳しいことも多いでしょうが、トリスやユイナ、メイシーの三人なら、その困難な道でも歩み抜くことが出来ると、わたくしはそう信じております」
「スノアさま……マムアさま、ボクも精一杯がんばります!」
「トリスっちとユイナっちの二人が、そんな大事な役を担っているなら、お姉さんでもあるうちが、なんとしてでも守ったらなあかんなぁ」
三人のその言葉に内心感謝していると、マムアがオレに向かって何かを手渡してきた。
「これは?」
受け取ったのは少し小さめの皮でできたポーチのようなものだった。
「おっ? トリスっち、それ魔法鞄や」
そしてメイシーのその言葉で、それが空間拡張の効果が付与された魔法の鞄だとわかった。
「調べてみたら随分大変だったみたいだし、母さんからも何か餞別でもと思ってね。まぁスノア様から聞いた感じだと、母さんが思っていた以上に大変だったみたいだし、遠慮せずに受け取りなさい」
そうは言われても魔法鞄は非常に高価なものだし、一瞬断ろうとも思ったのだが、そこへスノア殿下がそっとオレの肩に手をおき、ゆっくりと首を振って受け取るように促した。
「トリス、マムア先生の好意、受け取っておきなさい。魔法鞄なら何かの時に魔剣も収納できますでしょ? トリスにはその魔剣が必要ですし、素直に感謝して頂いておきなさい」
スノア殿下はユイナのアイテムボックスのことも話してある。
そしてアイテムボックスが魔力を発するものは収納できないことも。
だが、単に空間拡張の効果が付与されているだけの魔法鞄なら、魔剣であろうと収納することは出来る。
ちなみにメイシーの持っている魔法鞄は、すべて全身鎧と魔球で容量をほとんど使い果たしているので、オレの魔剣を収納する余裕はないと聞いている。
「……母さん、ありがとう。大事に使わせてもらいます」
結局オレは、そのポーチ型の魔法鞄を受け取り、腰のベルトに付けてから、もう一度マムアに感謝の言葉を伝え、その後、しばらく他愛のない会話をしてから城を後にしたのだった。
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