【第68話:協力】

 オレはここまで来た道を、風を置き去りにして駆け抜ける。


 リミットブレイク状態で得た身体能力の全てを使い、空を覆う魔物の軍勢より早く辿り着けるようにと、出し惜しみは無しだ。


『トリスくん! また無茶なことをして!』


 聞こえて来た少し怒ったユイナの声に、若干の申し訳なさを感じつつ応答する。


「ユイナ、すまない。だけど、一緒に移動していては間に合わないから……」


『ボクだって、それはわかってるけど……でも、いくらブースト状態と言っても、あの数の魔物に一人でなんて無茶だよ』


「大丈夫だ。今は既にリミットブレイク状態だ。魔族ならともかく、普通の魔物なら何とかなる」


『え? えぇぇぇ!? いつ!? いつリミットブレイクしたの!?』


 ユイナが焦っているのには訳があった。


 一度抑えていた力を全解放すると、まだ自分の力では通常のブースト状態まで抑えて戻す事が難しいからだ。


 普段の魔剣を手にしてのブースト状態ならば、ユイナに全属性耐性向上の強化魔法を切って貰えればすぐに解除できるのだが、今はそれも出来ない。


「さっきの戦いでユイナたちが来る少し前かな?」


『どうしてそういう事黙ってるの!? 前にも経験してると思うけど、長時間リミットブレイク状態を続けたら、反動凄いことになるよ!?』


 ユイナの言っている事は理解していたが、まさかこのような連戦になるとは思いもしなかったし、今更言っても仕方ない。


 仕方ないのだが、あのとてつもない痛み、体が壊れるかのような強い痛みに長時間襲われるのかと思うと、今から憂鬱になりそうだった……。


「わ、わかっているよ。でも、魔剣なしでユウマと戦って勝つには仕方なかったんだ。それに、あまり考えたくないから言わないでくれ……」


 思わず情けない言葉を言ってしまうが、それほど辛いのだ……。

 以前、あまりに痛がるオレを見て、ユイナが冗談で超筋肉痛とか言っていたが、今回のこの長時間にわたるリミットブレイク状態を考えると、本当に恐ろしかった。


『うっ……そ、そうだね。ごめん。ボクも心配だったからつい……。でも、たとえリミットブレイク状態だとしても、あまり無茶はしないでね』


「あぁ、わかっている……。それから、何とか魔物より先に街まで辿り着けそうだ」


 ソラルの街までの間の街道に、誰も歩いていなかったのは良かったが、田畑で作業していた者たちまではどうだったかはわからない。

 ただ、それでも魔物がたどり着く前に先に街に着けそうなのは、少しでも多くの人の命を救う事には繋がるだろう。


『本当に気を付けてね。ボクたちも出来るだけ早く行くから!』


 ~


 オレが街の門へとたどり着いた時、街は騒然となっていた。

 衛兵が何とか落ち着かせようと呼びかけ、出来るだけ頑丈な建物の中に避難するようにと指示をだしているのだが、中には空を見つめ呆然と立ち尽くしている者までいる。


「おい。今、どのような状況だ?」


 ユイナと話していた時とは少し口調を変えて、衛兵にそう尋ねる。


「な、何だ!? ……外から来たのか? 状況も何もないさ。見ての通り、少しでも頑丈な建物に立て籠もって、やり過ごすしかない……それでいったい何人生き残れるか……」


 突然、物凄い勢いでやってきたオレを見て一瞬驚きの表情を浮かべるが、それでもちゃんとオレの質問に答えてくれた。


「それで、お前は何者だ? 冒険者か?」


 その衛兵はオレが上手く認識できないのか、そう誰何してきた。


「あぁ、第一級冒険者だ。討伐に協力させてくれ。ここで、あの魔物の群れを何とかしなければ取り返しのつかない事になる!」


「第一級!? わ、わかった。協力感謝する! だが、相手は空を飛んでいるのだぞ? いくら第一級冒険者だとしても、空の魔物をどうするつもりだ?」


 しかし、オレも何か有効な対応策があるわけではなかった。

 適当に投石するぐらいしか無いかと考えていると、そこで見知った声が聞こえて来た。


「じゃぁ、あたしが何とかしてみるかねぇ」


 そう言って現れたのは、あの土魔法使いセルビスだった。

 しかも、後ろにはミシェルの姿も見える。

 オレは二人の無事な姿を見て心底ホッとすると、感情を出来るだけ隠して話しかけた。


「高名な魔法使いのセルビス殿とお見受けする……だが、土魔法使いのあなたがどうにか出来るのか?」


 土属性の魔法と空飛ぶ魔物は、あまりにも相性が悪すぎる。

 そう思って尋ねたのだが、セルビスは笑みを浮かべると、


「話題の英雄『仮面の冒険者』殿があたしの事を知っているとは嬉しいねぇ。だけど、だれが土魔法使いだい?」


 と、不思議な事を口にする。

 土魔法使いとして名の知られているセルビスなのだが、正確にはどうやら少し違うようだ。


「あたしは耕作魔法の権威であって、何も土属性だけしか使えないわけじゃないよ? もちろん土属性が一番得意だし、第3位階の魔法は土属性しか使えないけど、耕作魔法と言うのは、そもそもいろいろ組み合わせて使うのさ」


 言われてみれば、ユイナにしても水と土の両属性が使えるから誘われたのだったと思い出す。


「それで、魔物どもを下に落とせさえすれば……あんたが何とかしてくれるのかい?」


 しかし、オレは首を振ってこたえる。


「魔物を倒すだけなら、時間をかければオレ一人でも何とかしてみせる。だが、その間、街を、街のみんなを守る者たちが必要だ」


 そして、衛兵と集まりだした冒険者たちに視線を向け、


「皆でこの危機を乗り越えなければならない! ここに集まったという事は覚悟はできているか!」


 そう言って皆に順に視線を送っていく。

 よく見れば、冒険者の中には先のグールの変異種討伐を共にした『赤い牙』の面々の姿も見えた。


 いや、それだけではない。


 変異種討伐に参加していた他の冒険者や、ギルドで見かけた顔も含まれていた。


「さきの変異種討伐で、あんたの力が凄いのはわかっている! 俺達は街の守りに徹するから、あんたは魔物を蹴散らしてくれ!!」


 赤い牙のラックスの言葉に、他の冒険者も「守りは任せておけ」と言葉を重ねる。

 衛兵たちも英雄としてのオレの噂ぐらいは知っているのか、冒険者たちがそう言うのならばと言った感じで納得してくれたようだ。


「街の守りを任せられるなら……何とかしてみせる! セルビス殿、頼めますか?」


 オレは、もうすぐそこまで迫った空の魔物にちらりと視線を向けてから、そう尋ねる。


「もちろんさね。じゃぁ時間もない。さっそくいくよ!」


 そう言って、セルビスは魔力を徐々に高めていったのだった。

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