【第48話:老婆】

 ライアーノの街を出てから数刻。

 周りの景色が草原から田園風景へと変わり、ソラルの街が近づいてきているのがわかった。

 既にオイスラー伯爵領に入っているのだが、初めて見る広大な畑はライアーノの南に広がる田園地帯の数倍はあるだろう。


「トリス坊ちゃん。これと同じ規模の田畑がソラルの街を挟んで向こう側にも広がってるらしいですよ。全く凄い規模ですなぁ」


 オレが周りの田園風景を興味深げにみていたので、御者のジオ爺さんがちょっとした豆知識を教えてくれた。


「そうなのか。それは本当に凄いな」


 ソラルの街までおそらく後1刻ほどだとさっき聞いた所なので、それを考えるとその規模がどれほどのものなのかが良くわかった。

 道中、念のために警戒こそ解かずに過ごしているが、特に何かが起こる事もなく、無事に着く事ができそうだ。


 そう思っていた矢先、少し荒れた田畑の広がる脇の小道で、少し興味をひく光景を見つけた。


「あれは、なんだろう? 何をしているんだ?」


 特に危険な感じはしないが、そこに立つ老婆から魔力の高まりを感じる。

 すると、馬車の中にいたユイナが小窓を開けてオレに話しかけてきた。


「トリスくん。何か少し大きめの魔力を感じるんだけど、何か起こってる?」


 そう言えば、召喚者は魔力の感知能力が高いと言っていたなと思い出す。

 馬車内で寛いでいたはずだが、敏感に感じ取ったのだろう。


「あぁ、ほら。あそこで何か魔法を使おうとしているみたいだ」


 オレはそう言って、先ほどから気になっている老婆を指さし教えてやる。

 遠目で見た感じだと、普通に農家のお婆さんに見えるが……。


「あっ! トリスお兄ちゃん! あの人ってもしかしてセルビスさんじゃないかな?」


 馬車の側面の窓から覗いていたミミルがそう言った時、その老婆が魔法を発動させた。


 魔法の規模からかなり高位の魔法のようで、もしかすると第三位階かもしれない。

 広い荒れた田畑がまるで液状化したように波打つと、土が掘り返され、赤茶色のなんだか瑞々しそうな土へと変わっていく。


「凄いな……」


 それから数瞬。

 ほんのわずかな時間で、目の前の畑は生き生きとした大地へと生まれ変わっていた。

 ここまでの魔法を使える魔法使いがそうそういるとも思えないし、確かにセルビスさんで間違いなさそうだ。


「やっぱり第三位階はちょっと格が違うね。ボクも一つぐらい第三位階の魔法を使えるようになりたいな~」


 オレからするとユイナの『水刃乱舞』や『閃光』などの第二位階の魔法も十分凄いと思うのだが、第三位階の魔法がさらに輪をかけて凄いのも確かだろう。


「ミミル。とりあえず魔法は掛け終わったみたいだし、挨拶にいこうか」


「うん! でも、優しい人だといいなぁ……」


「はは。母さんが子供には・・・・優しいって言ってたから、大丈夫じゃないかな?」


 馬車で行ける所まで進んで貰い、そこから降りてジオ爺さん以外の皆で歩いて向かう事にしたのだった。


 ~


「失礼します! 魔法使いのセルビス様とお見受けしますが、間違いないでしょうか?」


 あぜ道を歩いて近寄ってくるオレたちを少し警戒していたので、少し遠くからそう言って声をかける。


「なんじゃお主らは? 確かに儂はセルビスじゃが……ん? もしかしてそっちの小さい子はマムア殿の娘か?」


 少しいぶかしむような目でオレたちを見ていたセルビスさんだが、ミミルを見つけると表情を綻ばせて、そう尋ねてきた。

 どうやらちゃんと話は通っているようで良かった。


「は、はい! ミミル・フォン・ライアーノと申します。明日からの予定でしたが、偶然お見掛けしたので、お、お声をおかけさせて頂きました!」


 噛まずに言い切ったとホッとするミミル。


「うむ。そりゃぁ、わざわざありがとうさね。明日から数日だけじゃが、よろしくのぉ」


 と言って、セルビスさんの方からも歩み寄ってきてくれた。


「そうだ。母さんからこれを預かってきました」


「ん? ただの護衛かと思ったらマムア殿の息子か?」


 オレは護衛に徹するつもりだったのだが、ついうっかり「母さん」と言ってしまった事に気付いて、


「挨拶が遅れて申し訳ありません。トリス・フォン・ライアーノと言います。今は成人して家を出たので、今回はあくまでも護衛としての立場なのですが、妹をよろしくお願いいたします」


 そう言って、頭を下げた。


「ふむ。本当なら礼儀がなっとらんと説教するとこじゃが、妹に免じて今日は許してやるとするかの。それに兄がいるのならミミルも心強いじゃろぉ」


「はい! トリスお兄ちゃん、すっごく強いんですよ!」


 そこから暫く他愛もない話をしたあと、先ほどの魔法について聞いてみた。


「あれは第三位階の土属性魔法『大地の脈動』じゃ。荒れた大地や田畑を掘り起こして、広大な土地を一気に耕すための魔法で、長年放置されていたこの田畑を再利用するために代官殿に頼まれてのぉ」


「噂には土属性魔法を耕作や治水などに活用しているとは聞いてましたが、そんな魔法があるのですね」


 高位の魔法はほとんどが戦闘に関するものなので、噂で聞いた時には驚いたと話したのだが、軽く笑われて否定されてしまった。


「はっはっは。そんな訳なかろう。儂が戦い以外にも活用できるように無理やり改良しただけじゃ」


 少し話を聞いてみると、元々魔物の群れの足元を泥濘ぬかるみにする行動阻害魔法だったらしいのだが、どうやらセルビスさんが研究して耕作に使えるように制御しているらしい。


「うわぁ~。そういうの良いですね! ボクももっとそういう戦い以外の魔法を習いたかったなぁ」


 それまで黙って話を聞いていたユイナだったが思わず、そんな感想を漏らす。

 すると、その呟きをセルビスさんが拾って尋ねてきた。


「ん? そっちの護衛の子は魔法が使えるんじゃろ? 土属性は使えんのかい?」


「あっ、ボク、話に割って入ってすみません」


「はは。構わんよ。それより、どうなのじゃ?」


「あ、はい。でも、土属性はあまり得意ではないので、第一位階までしか使えません。水属性が何とか第二位階が使えるだけで……」


 申し訳なさそうにそう答えたユイナだったが、


「ほう。水と土が使えるのなら、どうじゃ? そこのミミルと一緒に儂の講義を受けてみんか?」


 まさか講義に誘われるとは思っていなかったユイナは、答えに困ってオレに視線を向ける。


「ん~。せっかくお誘い頂いたんだし、どの道、護衛で側にいた方が良いから、お言葉に甘えたらどうだ?」


「そうじゃ。遠慮せんでええ。どうせずっと一緒にいるのじゃからのぉ」


 こうしてユイナは、ミミルと一緒にセルビスさんに土魔法を習う事になったのだった。

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