【第39話:グレーター種】

 森の中をまるで風になったかのような速度で駆け抜けていく。

 邪魔な蔦や枝は魔剣で斬り裂き、足場が悪い場所は木を蹴って飛び越えていく。


 瞬く間にユイナを後方遥か遠くに置き去り、オレは一人、ただひたすら早く着けと駆け続けた。


 ブレイドベアを探して森に入った時は1刻ほどかかったはずだが、今度はわずかな時間で駆け抜け、あっという間に街道に躍り出る。


 森から飛び出し、視界の広がったオレの目に飛び込んできたのは、


「な、なんだあれは……」


 商人の馬車を襲う、巨大な魔物の後ろ姿だった。


「ブレイドベアの変異種……いや、上位種か!?」


 一瞬、一月ほど前に起こったスタンピードで遭遇したゴブリンジェネラルの変異種を思い出したが、どうやら単にブレイドベアの上位種『グレーターブレイドベア』のようだ。


 獣系の魔物の上位種で一番多いのがこのグレーター種で、基本的には力や頑強さに加え、その体の大きさが二回りほど大きいのがその特徴だ。


 そして、そのグレーター種と戦っている者たちに目を向ける。


「ん? 彼らは……」


 その姿には見覚えがあった。あのスタンピード討伐にも参加していた三人組の冒険者パーティーだ。


「くそっ! お前の魔法が効かねぇんなら、逃げるしかねぇぞ!?」


 弓を持った男がリーダーのようだが、魔法使いの男が放った魔法があまり効いていないのを見て、既に逃げ道を探っているようだ。


「旦那! すまないが、荷物は諦めてくれ!」


 魔法から復帰したグレーター種の攻撃を、大きな盾を持った前衛の男が受け止めるが、あまり持ち堪えれそうには思えなかった。


「わ、わかりました。命あっての物種です。でも、逃げれるのですか……」


 元々ブレイドベアは足が速く、馬に乗っていても逃げ切れるかわからない。

 その上、相手は見上げるほどの巨躯を誇るグレーター種だ。


 商人の男が心配の声をあげるのも無理もなかった。


「わ、わからねぇ。でも、それ以外に選択肢が……って!? あぁぁぁー!!!」


 そこで弓を持った男と目が合った。


「あの時の仮面の冒険者!?」


 そしてオレを指さして大声で叫ぶ。

 指をさすな指を……。


「ほ、ほんとだ! すまないが助けてくれ!!」


「うおぉぉ!? なら、こんな所で死んでたまるかぁ!」


 続いてオレに視線を向けた魔法使いの男と、グレーター種の攻撃を必死に凌いでいる男が続けて声をあげる。


 商人の男はオレが誰かわからず戸惑っているが、このままここで見ていては駆けつけた意味がない。


「劣勢のようだし、戦闘に介入させて貰うぞ!」


 そう断りを入れると、ダン! と地面を踏みしめ、一瞬でグレーター種の元まで間合いを詰める。


「は、早い!?」


 誰かが叫ぶ声が聞こえたが、かまわず魔剣を袈裟切りにふるって、グレーター種の背を斬り裂いた。


 苦悶の声をあげて振り返るグレーター種の視線を避けるように死角に回り込むと、今度は足に魔剣を突き刺す。

 その巨体を考えれば十分素早いのだろうが、近づかれた時の死角の多さは致命的だ。


 嫌がるように巨大な爪を振るい、どうにかオレを視界に捉えたようだが、全ての行動が遅すぎた。


 なぜなら、既に魔剣との魔力同調が終わったからだ。


「消え去れ」


 光を放つ魔剣を横薙ぎに一閃。

 そのまま勢いを殺さず、屈みながら素早く一回転すると、大きく飛びあがって地から天へと魔剣を振り抜いた。


 グレーター種のその巨躯を、下から上まで一条の光が縦断する。


 着地と同時に魔剣を鞘に収め素早く振り返るが、すでにグレーター種はその姿を靄へと変え、霧散していくところだった。


「や、やっぱすげぇ……」


 そして、弓を持った男の呟きが聞こえたその直後、コトリと大きな瘴気核が転がり落ちたのだった。


 ~


「いやぁ~本当に助かりました!」


 若い商人の男は大きな声でそう叫ぶと、馬車から飛び降り、こちらに駆け寄ってきた。


「おい! 旦那!」


 そして、それを追いかける弓の男。


「待てって! と……あぁ、また助けられちまったな。ほら、こないだの討伐遠征に俺たちも参加してたんだよ」


 商人の男に追い付いた時には、既にオレの目の前まで来ており、バツが悪そうにそう言って挨拶をしてきた。


「あぁ、3人の顔は覚えている。あの時は……大変だったな」


 あの時の事をオレも思い出してしまい、少ししんみりと言葉を返す。


 少し湿った空気になりかけた時、残りの冒険者二人も駆け寄ってきた。


「あの時は本当に助かりましたよ。そして今回も、ね」


「そうだな。つまり、これで命を救われたのは二度目って事になる。ありがとうよ。恩に着るぜ! しっかし、あの時も凄かったが、今回も圧倒的だよな~」


 魔法使いの男が言葉少なげに感謝の言葉を述べ、盾の男がニカっと笑って後を引き継ぐ。


 しかし、そこに自分もいれろと商人の男が割り込んできた。


「ちょっとちょっと~! 何みなさんだけで盛り上がってるんですか~? 私もまぜて下さいよ~」


 少し小太りの若い商人は、目を輝かせながら、そう言ってこちらに詰め寄ってきた。


(近くでみると思った以上に若いな)


 街の商人なら若い者も珍しくないが、街から街へと渡り歩く行商人としては珍しい。

 しかも、この若さで一人で商いをしているのだからなおさらだ。


 そんな事を考えていると、リーダーの男がその商人に声を掛けた。


「旦那。この仮面の冒険者は、あの青の聖女様と通じてる方だ。あんま好奇心から変な気起こさねぇようにしてくれよ」


「おぉ!? やはりあの噂は本当に!? あっ! 申し遅れました。わたくしエインハイト王国全土をまたにかけて行商しておりますサドーと申します。どうぞお見知りおきを!」


 ぐいぐいと前に出てくるその商魂逞しい態度に気後れしながらも、オレも適当に相槌を返す。


「仮面の冒険者さまのお噂は、ライアーノの街で色々とお聞きしておりました。それはもう、わたくし童心にかえったように! 冒険者たちが話すお話にすっかり虜になってしまっていたのですよ? そうしたらどうでしょう!? まさかその仮面の冒険者さまに自分の命を救って頂けるなど、もう夢のようで!!」


 そこからしばらく話が止まらなくなった……。


 散々仮面の冒険者を褒めちぎる話を聞かされ、そして最後に……、


「あなたはきっと勇者をも超える大英雄になりますよ!」


 そう言って、ようやく話を終えてくれた。


「ま、まぁ、そうなれるように頑張るよ」


 オレは全能感に支配される中、何だかどっと疲れるという稀有な感覚に溜息をつきつつ、急ぎの旅だという彼らの後ろ姿を見送ったのだった。


 ちなみにお礼にと何かの魔法の道具を渡そうとしてきたが、そんなつもりで助けたのではないと断った。


 騒がしい商人一行を見送ってから約半刻ほどあと、


「ふぅ~……もうダメ……ボクの身体は森の中を走るようには出来てないんだよぉ!!」


 半べそになりながら森から出てきたユイナと合流した。


 そして座り込むユイナに、さっき起きた出来事を話すと、結局休憩を挟んでから街への帰路へとついたのだった。


 もちろん仮面を外し、ただの中級冒険者『剣の隠者』の2人として。

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