第二章 『変わりゆく世界』

【第38話:冒険者として】

 ここはライアーノ領の外れにある、とある森の中。


 王都へと続く街道からほど近いところ、それほど深くない森だ。

 だが、普段動物や鳥の鳴き声が聞こえる長閑な気配は鳴りを潜め、今は不気味な静寂が辺りを支配していた。


 その静まりかえった森の中に、響き渡ったのは魔物の咆哮。

 激しく揺れる茂みの中から飛び出してきたのは、見上げるほどの二つの影だった。


「こっちだ! 見つけたぞ!」


 叫ぶオレを見下ろし、忌々しく睨みつけてくるのは、熊の魔物である2体の『ブレイドベア』だ。


 その名の由来は、大きく伸びる鋭い爪。

 ショートソードほどもあるその爪の切れ味は、熊の魔物としての膂力と相まり、細い木なら一撃で斬り倒すほどだという。


「トリスくん! 仮面・・はしなくて良いの!?」


 迫る巨大な魔物を前にして、ユイナがあわてて尋ねてくる。


「かまわない! これぐらい普通に倒せなくちゃ、この先やっていけないからな!」


 彼女の本当の名は『新垣あらがき 結奈ゆいな』。

 こことは違う別の世界、つまり異世界から招かれた10人の召喚者の一人だ。


 訳あってオレとパーティーを組むことになったこの少女は、かなりの美少女だという事を除けば、どこにでもいそうな駆け出し魔法使いに見えるだろう。


 耳にわずかにかかる黒髪を靡かせ、淡い緑の魔法のローブに短杖を手にしたその姿は、典型的な魔法使いの姿だし、戦闘中のぎこちない動きから、戦いにもそれほど慣れていないのが伺い知れる。


 だが……、


「じゃぁ、一匹はボクが足止めする!」


 その魔法の腕は、ベテランの魔法使いを遥かに上回るものだった。


「水よ!!」


 使ったのは魔法の中でも、基本中の基本の水魔法。

 ユイナの短い詠唱にこたえるように現れたのは、一つの大きな水球だ。


 しかし、その大きさがユイナの魔法の才をあらわしていた。


 普通、第一位階のこの水魔法で出現する水球は、せいぜいこぶし大の大きさなのに対し、今ユイナの目の前に浮かぶ水球それの大きさは、ブレイドベアの頭部を丸々包み込むほどの大きさだった。


「えぐいな……」


 そう。若干ひくオレの目に映るのは、少し離れたほうにいたブレイドベアの頭部が、大きな水球に丸ごと包み込まれている光景だった。


 声にならない叫び声をあげて藻掻く憐れな魔物を横目に、剣の間合いに入りそうなもう一匹のブレイドベアに意識を切り替える。


「お前は、楽に消滅させてやるからな……」


 呟くオレに向けて振り下ろされた鋭い爪を、軽く屈んでやり過ごすと、王国流剣術居合で左足を斬り裂く。


 それでもブレイドベアにとってはまだ致命傷とはなっていないようで、痛みに顔を歪めながらももう一方の爪を振るってくるが、オレはその爪から遠ざかるよう、背後に回り込むような足捌きでひらりと躱すと、そのまま大上段からの袈裟斬りで奴の身体を深く斜めに斬り裂いた。


 一瞬の間の後、爆散するように黒い靄となって消えるブレイドベアの残滓の横を駆け抜ける。


 そして、ユイナの水魔法に頭部を包まれ藻掻くもう一匹の背後に回り込むと、裂帛の気合いと共に、水平に魔剣を振り抜き、一匹目と同じ運命を辿らせたのだった。


 ~


 オレの名は『トリス』。

 ユイナと違い、この世界で生まれてこの世界で育ったただの・・・冒険者だ。


 だがもし、少し人と違う所をあげるとすれば、今この手に持つ剣が、魂を宿す呪いの魔剣だという事ぐらいだろうか。


「トリスくん。瘴気核二つ拾っておいたよ~」


 オレとユイナは『つるぎ隠者いんじゃ』というパーティーとして依頼を受け、この街道沿い近くの森で目撃された魔物『ブレイドベア』の討伐にやってきていた。


 討伐系の依頼では、だいたい討伐した証明にこの瘴気核を冒険者ギルドに持っていく事で依頼の達成を判断する。


「あぁ、助かる。悪いがまた持っててくれないか」


 ユイナはアイテムボックスという技能を持っており、大きさや重さに関係なくこことは違う空間に持ち物を収納できるので、そう頼んだのだが、


「瘴気核は良いんだけど……そうやってすぐ仮面をボクに返そうとする……」


 と言って、ジト目で見られてしまい、オレは咳ばらいをして視線を逸らす。


 いざという時に素早く能力を解放するために、ユイナの作った仮面を持っていたのだが、もう戦闘は終わったのだからと結局収納してもらった。


「仕方ないなぁ……。それで、もう帰る? 街道に戻る前に、ボクちょっと休憩したいな~」


 そう、甘えた声で訴えかけてくるが、


「却下だな。ユイナの課題はその体力の無さと、おっちょこちょいでドジな所だから」


 だから休憩はなしだと続ける。


「むぅ!? 体力はわかるけど、残り二つは関係なくない!?」


 そんなくだらない話をしながら街道に向かって森の中を歩いていると、突然、遠くで何かの爆発音、おそらく攻撃魔法か何かを使った音が聞こえてきた。


「なんだ!? 街道の辺りから聞こえたぞ!」


「トリスくん! 行こう!」


 そう言ってユイナが差し出してきたモノを見て引き攣るオレ。


「そ、それは、いらないんじゃないか……?」


 ユイナが差し出してきたのは、さっき返したばかりの顔の上半分を隠す仮面だった。


「ぼ、ボクだって、本当は付けたく無いんだからね!? でも、もしかするとあの時みたいに全力で対処しないといけない状況かもしれないじゃないか!」


 既に蝶をモチーフとした仮面をつけたユイナは、ぐいっぐいっと仮面をオレに押し付けてきた。


 ユイナやオレの仮面には認識阻害効果があり、更にオレの方の仮面にはユイナの魔法の効果を押し上げる効果が付与されている。

 この効果のついた仮面をかぶった上で、ユイナから『全状態異常耐性向上』の光魔法を付与される事で、ようやくオレは本来の自分の力を振るう事が可能になる。


 オレの持つ魔剣は呪いの魔剣。


 その呪いの詳細は未だわかっていないが、この呪いにはオレのあらゆる能力を、力づくで押さえつけるような負の効果があるのではないかと考えている。


 普通に考えれば、この効果はまさに呪い以外のナニモノでもないのだが、それを物心がついた頃から使っていたオレは、ユイナ曰く四六時中「高負荷トレーニング」をし続けていたことになったのではないかという話だった。

 しかも、魔力的にも何らかの圧迫や妨害を受けているような状態だという。


 オレはそんな状態で長年過ごしたことにより、通常じゃ到達できないような頂きまで鍛えあげられ、今のオレが出来上がったんだそうだ。


 ただ……この強力な呪いが、魔剣の本当の姿だとはどうしても思えなかった。


(オレには、この魔剣が導いてくれているように感じるんだよな……)


 実際、以前オレは確かに魔剣の声を聞き、失われた剣技を一つ授かったのだから。


 ただ間違いなく言える事は、その呪いを取り外す事で、本来の能力を発揮し、勇者を超えるような力を発揮できるという事実。今はそれで十分だろう。


「……わかったよ。付けていくから、魔法を頼む」


 しぶしぶ仮面を付けると、ユイナは時間をかけて魔力を練り上げてから、オレに光魔法を放ってくれた。


 オレがユイナの魔法の効果をあげる仮面をつけた上で、膨大な魔力を持つユイナがかなりの魔力を込めて光魔法の『全状態異常耐性向上』をオレに付与する事で、ようやく魔剣の呪いはその効力を失う。


 そして……凄まじい力が漲っていく。


「トリスくん! 先に行って! ボクも後から追いかけるから!」


 オレはユイナに「わかった」と一言こたえると、爆発音が聞こえてきた場所に向け、森の中を駆けだしたのだった。

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