【第26話:謎の力】

 慣れない無手の構えを取るオレに、ジェネラルの変異種の大剣が振り下ろされる。


 しかし……、


「……遅い……」


 オレは余裕をもって半身になって躱すと、すかさず側面に回り込んで蹴りを放った。


 牽制程度になればいいと思って放った蹴りだったのだが、そのたった一撃の蹴りで初めて奴がふらついた。


 それでも大きなダメージが入ったわけではなく、ふらつきつつも仕返しとばかりに今度は横殴りに大剣が振るわれる。


 しかし、その速度もまた緩慢で、まるで幼子に剣の基本を教えているかのようだった。


「遊んでいるわけでは……無いよな」


 横手から迫る大剣を余裕をもって躱すと、状況を整理するために一度距離を取る。


(おかしい……それに、さっきから感じるこの湧き上がるような力は、万能感はいったいなんなんだ? 何が起こったんだ?)


 思考している間も奴は次々と大剣を打ち込んでくるが、まるで危険を感じない。

 その全ての斬撃を、ほとんど足を止めて、身体の捻りだけで躱す事が出来た。


「考えてもわからないものはわからないか……はぁっ!!」


 振り回す大剣が掠りもしない事に苛立ったのか、さらに大振りになる。

 その力任せに振るわれた大剣を躱すと、もう一度側面から蹴りを放ってやった。


 しかし、呻き声をあげて後ずさってこそいるが、さすがに蹴りだけで倒すのは中々骨が折れそうだ。


 ちらりと周りを見回し、長年の相棒である魔剣を探すが、かなりの勢いで吹き飛ばされたためか、見つける事が出来ない。


 何でも良いから武器をと、そう思った時だった。


「……と、トリ……ス! がはっ……これ、を使えぇ!!」


 聞き覚えのあるその声に慌てて目を向ければ、血にまみれたロイスさんが、自らの愛剣をこちらに向かって放り投げているところだった。


「ロイスさん!?」


 すぐにでも駆け寄りたい衝動をぐっと抑え、くるくると回転しながらこちらに飛んでくる、ロイスさんの愛剣を受け取る事を優先する。


「必ず……必ずこの剣で倒してみせます!」


 その剣を、その想いを受け取ると、すぐさま奴に向かって駆け出していく。


 いつの間にか、奴との間に割り込んだゴブリンが行く手を塞ぐが、


「邪魔するなぁ! はぁぁぁっ!!」


 行く手を塞ぐソルジャーたちを、一合すら交えず、駆け抜けざまに斬り倒す。


(身体が軽い……まるで風にでもなったようだ……それに……)


「この体内に溢れかえっている魔力はなんだ……」


 思わず呟きを漏らしてしまうほど、オレの身体からは魔力があふれ出していた。


 しつこく行く手を塞ぐゴブリンどもを鎧袖一触斬り払い、モノは試しと最後に立ち塞がったゴブリンソルジャーに向かって左手を翳すと、


「炎よ」


 ただ一言そう呟いた。


 火属性の第一位階魔法の初歩の初歩。

 こぶし大ほどの炎を手のひらの前面に出現させるだけの魔法……のはずだった。


「っ!?」


 声にならない声をあげたオレの前に出現したのは、目の前のゴブリンソルジャーを丸ごと包み込むほどの巨大な火柱だった。


 一瞬で燃え上がり、靄となって消失するゴブリンに思わず息を呑む。


「なんだ……この馬鹿げた威力は……」


 どうなっているのか気になって仕方がなかったが、しかし、今はそんな好奇心を抑えこみ、先にやらなければいけない事があると自重する。


「よくわからないが、今は負ける気がしない。さっきの借りを返させて貰うぞ!」


 すでにオレと奴との間に邪魔をする者は存在しない。

 一瞬で奴との距離をゼロにすると、オレは何でもない横薙ぎの一閃を繰り出す。


 だが、その何でもない横薙ぎの一閃は、奴の反応速度を超え、防ごうと咄嗟に出したその右手を斬り飛ばした。


 宙に舞った右手が靄となって霧散する。


 その光景を、信じられないといった様子で見ていた奴は、我に返ると今度は死に物狂いでむちゃくちゃに大剣を振り回してきた。


 しかし、それは無駄な行為だ。


 近寄るなとばかりに何度も振るわれる大剣を、足捌きだけで躱して懐に踏み込むと、


「終わりだ」


 ただ一言そう告げて、ロイスさんの愛剣を、その想いと共に振り下ろしたのだった。


 ~


 スタンピードによるゴブリンの襲撃は、唐突に終わりの時を迎えていた。


 オレがゴブリンジェネラルの変異種を倒した瞬間、急にゴブリンたちは統率を失い、しかも効かなくなっていた『泡沫うたかたの聖域』に苦しみだしたのだ。


 普通のゴブリンどもは例外なく数度の光の波紋で靄となって消え去り、上位種であるゴブリンソルジャーや普通の・・・ゴブリンジェネラルたちも、苦しみ藻掻き、その動きを大きく鈍らせ、呆気なく討ち取られていった。


 後で教えて貰った事だが、高ランクの魔物の中には、咆哮による同族強化の技能を持つ個体がいるそうで、この変異種がその技能を持っていたのだろうと結論付けられた。


 そして、オレたちは勝ったのだ。


 勝ったのだ。


 ただ……確かに勝ちはしたが、その被害は大きかった。大きすぎた。


 ファイン兄さんも無事だったし、ロイスさんが一命を取り留めたのは救いだったが、青の騎士団の騎士にも何人かの犠牲者が出たようだし、ましてやライアーノ騎士団や衛兵、冒険者に至っては、その数を半数近くにまで減らし、傷を負っていない者は皆無だった。


「終わったんだな……」


 呟くオレにこたえるものはいなかったが、別に誰かに答えて欲しくて呟いたものでも無い。


 奴を倒した直後に、スノア様とユイナが駆け付けてくれたが、ロイスさんの治療を頼むと、そのあとはそのまま負傷した皆の治療に奔走している。


 そんな二人が怪我人を治療するのに駆けまわる姿をぼんやりと眺めながら、オレは自分の身に起こった事を振り返っていた。


「オレの身体にいったい何が起こったんだ……」


 ゴブリンジェネラルの変異種と戦っている最中、突然湧き上がったこの力。

 力尽きて動きが鈍った所を奴の大剣を受けて吹き飛ばされ……そこからだ。


 その直後にオレは体から湧き上がる力を感じたんだ。


「ん? そうだ……魔剣!? オレの魔剣は!?」


 片時も離したことの無かった魔剣相棒がこの手に無い事に気付き、視線を彷徨わせると、無数に転がる瘴気核の向こうにその姿を見つける事ができた。


「よ、良かった……」


 心の底からホッとして胸を撫でおろし、魔剣に駆け寄って手にした、まさにその瞬間だった。


「なっ!?」


 先ほどまでオレの中に満ちていた全能感が消失し、漲っていた魔力も力も、まるで最初から幻だったかのように消え去ったのだった。

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