【第24話:ゴブリンジェネラル】

「「へ?」」


 非情に危険な状況にもかかわらず、オレとユイナは二人して間抜けな顔をしていただろう。


「な、なんで!? 認識阻害ほんとにちゃんと仕事しろぉぉ!?」


 思わず叫ぶユイナに若干の同情を覚えつつ、先に立ち直ったオレがとりあえず口止めをお願いしておく。


「スノア様、申し訳ありませんが、後で必ず説明しますので、今はただユイナそいつと協力して頂けませんか?」


 その申し出に、スノア様は何か事情があるのだろうと察してくれたようだ。

 大きく頷いて、ただ一言「わかりました」と返してくれた。

 若干、たたえた笑みが悪戯っ子のそれに見えた気がするが、きっと気のせいだろう。


 そしてオレは軽く一礼すると、今度こそ前衛で奮闘するロイスさんの元に急ぐのだった。


 ~


「遅いぞ! トリス!」


 もともとの持ち場に戻るなりロイスさんから叱責を受けるが、一瞬口元に笑みを浮かべて、


「でも……良くやった! この乱戦でアーチャーを放っておくと厄介だからな!」


 そう褒めてくれた。

 もちろん、会話している間も流れるような動きでゴブリンを斬り払っている。


「いや。危うくやられる所でした。もっと精進しないといけないです……ねっ!」


 答えているとオレの方にもさっそく1匹向かってきたので、慌てて突きを放ってその胴に穴を穿つ。


 霧散し転がる瘴気核を横目に、さらに一歩踏み込むと、次に迫っていた少し大柄なゴブリンの大剣を受け止める。


「くっ!? 重いな!」


 斬れ味では断然オレの魔剣だろうが、その質量に若干力負けしてしまう。


「正面から大きな武器を受け止めるな! 受け流して隙を作れ!」


 ロイスさんの言葉を背に受け、オレは受け止めていた魔剣の柄を跳ね上げるようにして剣を捻ると、剣を返して袈裟斬りに斬り裂く。


「上出来だ! 上位種相手にそれだけ動けたら、もうDランクでも通用するぞ」


 褒めてくれるのは嬉しいが、戦闘中にも関わらず、隙を見て親指を立ててくるロイスさんを見て、オレもまだまだと思い知らされる。


 剣の腕だけなら、あのネヴァンさんをも上回っていそうだ。


 だが、討伐隊全体の戦況としては徐々に劣勢に立たされていっていた。


 ゴブリンの物量に、一人、また一人と冒険者や衛兵、それに中には騎士にまで怪我で戦線を離脱したり、命を落とす者が現れている。


 それでも上位種に対しては、そのほとんどが中級冒険者で占められているだけあって、苦戦こそしているものの何とか対応出来ていた。


 問題は、青の騎士団の団長サギリス様が相手をしている……あの個体だ……。


 おそらくアレはゴブリンジェネラル、Bランクの魔物だ。


 しかも、ゴブリンジェネラルは一匹ではない。


 確認出来るだけでも、3匹のジェネラルがサギリス様たちと戦っており、ソルジャーなどの多くの上位種を従えているため、こちらも副団長や他の騎士たち主戦力を集中せざるをえず、乱戦となってしまっていた。


 しかし、一番の問題は……、


「くっ!? いったい奴は何者なんだ!」


 オレの視線の先にいたのは、アーチャーを倒しに斬り込んだ時に見かけた巨躯のゴブリンだ。


 1対1ではとても対抗することが出来ず、ライアーノ騎士団うちの騎士と衛兵、残りの冒険者が中心となって対応しているが、今もその抵抗虚しくひとりの衛兵が命を散らしていた。


 このままいけば奴ひとりのために、戦いの天秤を完全に振り切られてしまうかもしれない。


 そう危惧していると、ロイスさんがオレに声をかけてきた。


「トリス! 一緒に来い! 姫様を護衛しつつあのジェネラルの変異種の所に加勢に向かう! アレを何とかしないと本気で不味い!」


 何か普通じゃないとは思ったが、ゴブリンジェネラルの変異種だとは思わなかった。


 どうりで無茶苦茶な強さなわけだ。

 ライアーノうちの騎士団の団長も加わって対応しているが、完全に劣勢になっている。


「そうですね! スノア様、ユ……そこの冒険者も連れてこちらに来てください!」


「わかりましたわ! その言葉を待っておりました!」


 スノア様の性格からして、本当はもっと早くに助けに向かいたかったはずだ。

 それでもそこはさすがに実践を何度も経験しているだけあって、その気持ちを押し殺し、ずっと倒れていく者たちを遠目に悔しい思いをしていたのだろう。


「行きましょう。仮面の冒険者さん」


 スノア様がユイナの手を取り、護衛のリズも連れてこちらに向かってくる間に、ロイスさんが一緒にこの場で戦っていた青の騎士団の騎士二人にも話をつけてくれていた。


「我々が前方を受け持つ! トリスは姫様の側で後方の警戒を頼む!」


 ロイスさんと残りの騎士2人がジェネラルの変異種がいる場に向けて、文字通り道を斬り開き、オレはリズと共にスノア様とユイナの護衛に当たる事になった。


「了解! リズ、オレは後ろを受け持つ! 2人から離れるなよ」


「わかったわ! あなたこそ、ちゃんとついて来なさいよ!」


 こうしてオレたちは、危険を承知で変異種の元に向かう事を決めたのだった。


 ~


 何度も襲いかかってくるゴブリンどもを蹴散らし、オレたちが辿り着いた時には、戦況は完全に変異種の側に傾いてしまっていた。


 唯一ゴブリンジェネラルの変異種に対抗出来ていた、うちの騎士団長が負傷したのだ。


 中には完全に逃げ腰になってしまっている衛兵や冒険者の姿も見受けられる。


「不味いな……ロイスさん!」


 オレの呼びかけに、わかっていると深く頷くと、


「……皆聞け! そいつは我々青の騎士団が受け持つ! それに今から姫様が治療して下さる! 動けるものは、まだ息のある怪我人を姫様の元に連れて行け! それから……」


 さらに続けていくつかの指示を出し終わったロイスさんは、自ら騎士2人を引き連れ、変異種の元に向かっていく。


 ロイスさんからスノア様の護衛を頼まれたオレを残して……。


 ~


 スノア様の治療を行うため、戦える者で守りの布陣を敷き、ゴブリンどもを寄せ付けないように場を整えたオレたちは、半壊していた戦況をなんとか五分のところまで戻す事に成功していた。


「はぁぁぁ!!」


 オレは掛け声一閃、上位種のソルジャーの剣を踏み込むように避けて、そのまま水平に切り払う。


「姫様! このご恩は戦いで返させて頂きます!」


 大きな怪我を負っていた騎士が全快し、礼を言って戦線に戻っていく。

 しかし、スノア様の表情は冴えなかった。


 笑顔で頷き、見送りこそしているが、せっかく助かったその命を、また危険な戦いの場へと送りだすことしか出来ない自分でも責めているのだろう。


「スノア様。失礼ですが、欲張り過ぎです。あなたは神様ではないんです。必要以上に責任を感じないでください」


 ちょっと失礼かと思ったが、オレがそう声を掛けると、


「たまには冒険者・・・も良い事を言いますね。姫様? 姫様がいなければ最初の襲撃だけできっとこの討伐隊は全滅していたのです。誰かに礼を言われる事があっても、姫様に文句をいう者なんておりませんよ」


 そして「まぁ文句をいう奴なんていたら私が生かしておきませんけど」と、物騒な言葉を続ける。


「そそ、そうですよ! スノア様は凄いです! 勇者でもこんなすごい回復魔法使えないですよ!」


 ユイナはわかってて言っているのか、結構、正体がバレそうな事を言っていてひやひやする。


 だが、それでも場を和ます効果はあったようだ。


「ふふふ。みなさん、ありがとう。わたくしも精一杯力を尽くしますので、共に頑張りましょう」


 ようやく本当の笑顔を取り戻してくれたその姿に、少しホッとする。


「この調子で戦いを進められれば……」


 きっと勝てます。


 そう言葉を続けようとした時……守りの布陣の一角が吹き飛んだ。

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