【第20話:演技】
総勢100名を超える討伐遠征部隊は、順調に歩みを進めていた。
通常この規模の遠征となるとその行軍速度はかなり遅くなるのだが、今回は衛兵や冒険者までもが全員馬か馬車に乗れるように手配されていたので、夕方には街の東に広がる『穢れの森』が見える位置まで到着する事が出来た。
途中、小規模なグリーンウルフと言う、狼を元に具現化した魔物の群れと遭遇したが、先頭を行く衛兵部隊だけで鎧袖一触返り討ちにしたそうだ。
そんな少し予想外の出来事はあったが、オレたち討伐遠征隊は行程を予定通りに消化し、事前調査していた夜営地に無事に着く事ができた。
到着後、少しの休憩を挟み、見張りを除く全員が集められ、今はこの部隊を指揮しているファイン兄さんの話に耳を傾けていた。
本来はライアーノ騎士団の団長が指揮を執るところだが、スノア様が出向くのにライアーノ家の人間がいないのは問題だと、ファイン兄さんが名乗り出た形だ。
「みんな聞いてくれ! 今日はこの森の側で野営し、明日の朝いちばんに穢れの森に分け入ってゴブリンのコロニーを壊滅させる。しかし、ゴブリンのコロニーはいつスタンピードに移行してもおかしくない状況だ。これがどれほど危険な状況かは君たちならよく理解していると思う」
今日はここで野営し、明日の日の出と共に作戦行動を開始すると聞いている。
だが、前で演説しているファイン兄さんが言うように、このゴブリンのコロニーは既に限界近くまでその規模を膨らませており、スタンピードの段階に移行すれば真っ先に襲われるのはオレたちだ。
「普通ならここまで危険な状況で野営を行う場合、見張りだけではなく即応できる戦力を三交代で部隊運用する必要があるのだが、しかし、明日かなり厳しい戦いが予想される中、ここで体力を消耗するのは出来ればさけたい。そう考えていた所、王家からの許可が出たという事で、あの高名な『青の聖女』こと『スノア・フォン・エインハイト』様のご厚意で、聖属性の第3位階魔法『
ファイン兄さんが魔法名を告げた瞬間、野営地は大きなどよめきと、ちょっとした歓声に包まれた。
この『
そもそもが第三位階の魔法を扱える者自体が数えるほどしかいないのだが、その中でも使い手の少ない聖属性の第三位階魔法『
それに、使い手が少ないと言うのは別にしても、第3位階の魔法と言うのは非常に強力であり、そのため、戦闘に使えるような第3位階魔法の使用は、危急の時を除いて先に使用許可を得る必要があった。
そして今回はその使用許可を既に取っていて、自分たちを守ってくれると言うのだから、皆が歓迎するのは当然だった。
そして、オレの隣にいたスノア様はファイン兄さんの紹介と共に、前に歩み出ていく。
「只今ご紹介に預かりました、スノア・フォン・エインハイトです。明日の戦いに備え、少しでも皆さんの力を温存して頂くため、これから『
スノア様は宝玉の付いた魔杖を高々と掲げると、朗々と祈りの言葉を紡いでいく。
その姿はまるで天から舞い下りた神の使いと見紛うほどで、後ろに隠れているユイナはその神々しい姿に見惚れて、大きく息を吐いていたほどだった。
しかし……オレはこれが全て演技であり、演出だと知っている……。
はっきり言ってスノア様は、聖属性魔法に関しては天才の中の天才だと言っても過言ではない。
聖属性の使い手として天賦の才に恵まれた上に、王族としての最上級の教育。
そしてスノア様のセンスと何事にも真剣に打ち込むその姿勢によって、王国史上最も優れた聖属性の使い手として『青の聖女』の二つ名を授かるまでになった。
しかし、実はそれでも世間の認識は甘い。甘すぎる。
スノア様は第三位階の魔法であっても、まるで息をするように自然に、しかも一瞬で発動する事が出来るのだ。
「まぁ、それも仕方ないか」
思わず口をついて出てしまった小さな呟きをユイナが拾って「何が仕方ないの??」と尋ねてくるが、オレは静かに首を振って返しておく。
(こういう演出一つで凄い士気が上がるんだから、やらないより絶対やった方が良いよな)
昔、オレにこの事実を打ち明けて、
『ふぅ~……トリスに話して少し肩の荷が降りた気がしますわ。聞いてくれてありがと。でも……絶対誰にもしゃべっちゃダメですからね?』
片目をつぶって微笑むその姿は、今目にしている姿よりずっと魅力的だった。
そしてオレは、昔した約束を思い出しながら、ただスノア様の神々しい後ろ姿を静かに見つめる事しか出来なかった。
~
数秒おきに広がる光の波紋はとても神秘的だ。
だが、人にとっては全く無害のこの神秘の光は、瘴気から出現した魔物にとっては非常に有害で、ゴブリン程度の魔物ならその中に数秒身を置くだけで靄となって消え失せるという。
ただ、上位の魔物には効果が薄いらしいので、これで完全に安心する事は出来ない。
その旨もスノア様の口から告げられ、見張りの者は絶対に気を抜かないようにと釘をさすのも忘れない。
「さすがスノア様だな」
そのオレの呟きが嬉しかったのか、何故かリズが得意げにニヤニヤしているのが腹が立つが……。
「とりあえず、断じてお前を喜ばすために言ったわけではない」
オレの言葉に目尻を吊り上げて怒るリズだが、スノア様の演説が続いている中で彼女が粗相を犯す事は絶対にない。
だからもう少し、今のうちにと思ったのだが、後ろでユイナがおろおろして何度も頭を下げ始めたので、これ以上揶揄うのはやめて置くことにしたのだった。
~
その後、見張りやテントの設営、食事の準備などの担当が割り振られ、集まりは解散となり、皆それぞれ割り振られた作業に取り掛かっていく。
ちなみにオレとユイナは、運良くか、それとも経験不足だからかはわからないが、見張り役には選ばれなかった。
ユイナのアイテムボックスからこっそりと二人分のテントを取り出すと、慣れないテントを設営する。
そして、何とか悪戦苦闘の末に設営し終えたオレたちに、衛兵から声が掛けられた。
「トリス様。ファイン様が食事を一緒に取らないかと」
仕事中は公私混同しないファイン兄さんにしては珍しいなと思いながらも、食事ぐらいは良いかと了承の返事を返す。
「ん~……わかりました。すぐ行くと伝えておいてください。あと、もうオレに『様』はいらないですよ」
その後、ユイナを連れて一緒に簡素な食事をしたのだが、声を掛けてきた理由はなんてことはなかった。
(ファイン兄さんも不安なんだな……)
今回の作戦は、ファイン兄さんが指揮を執っている。
しかし、このような大規模な討伐遠征が組まれるのは稀だし、戦争でも起こらない限り貴族が出向く事も少なく、当然、兄さんも初めての経験だった。
オレは出来るだけ普段通りに接し、ユイナを少し弄って緊張を解いてやりながらも、楽しいひと時を過ごした。
「ユイナ、ありがとうな」
「え? なんのこと??」
テントに向かう道すがら一言礼を言っておいたのだが、ユイナは良くわからないと不思議そうな顔をしていた。
「わからないなら気にしなくてもいい」
教えてよとしつこいユイナの追及を躱しつつ並ぶ二つのテントの前まで辿り着くと、「おやすみ」の挨拶を交わして、さっさと自分のテントに潜り込む。
「いよいよ明日か……このまま無事、討伐できるだろうか……」
オレは初めての討伐遠征に高鳴る胸を無理やり抑えつけ、悪い予感を振り払って、どうにか眠りについたのだが……。
その日の深夜、恐れていた悪い予感は、まるでオレたちを嘲笑うように現実となって降りかかってきたのだった。
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