第2話 ある男の回想 下

 女性がSEXを楽しめるかどうかは、SEXをする男次第だ。

 その男のことをあまり好きでもなければ、女性の肉体は男がそうであるほどには感応しない。

 だが、女性がその男を愛し、その男が女性を喜ばせようとするとき、女性は恐ろしいほどに変わる。普段の姿から想像もできないほど、いやらしく、そして、美しくなる。

 そして、本当に愛した女性とするSEXがどれほど官能的なものなのか、俺がようやくそのことを知ったのは、20代も半ばを過ぎた頃だった。


 大学を卒業し、就職した後も何人かと付き合い、そして別れていった。

 自分にとって、昔から女性とはイコールSEXだった。SEXに満足すれば、それ以外の時間は束縛されたくなかった。一人で自分の好きなことをしていた方が楽しかった。

 

 だが、ある日、俺は初めて、SEXしたいという感情とは違う感情が湧き上がる女性に出会った。地方に異動したときに支社で知り合った女性だった。

 その女性は、顔立ちも可愛くて、愛嬌があって、よく気が利く女性だった。当然、支社内でも評判の女性で何人もの男が彼女を狙っていた。

 

 俺も何度も彼女にアタックした、だが、最初その女性は俺に振り向いてくれなかった。

 でも、その女性を諦めきれなかった。その女性のことを考えるとなかなか寝付けなかった。あの笑顔を思い出すだけで胸が痛くなった。同じ職場に彼女がいるだけで、俺の心拍は早くなり、彼女の一挙手一投足に神経を尖らした。

 

 俺は必死だった。必死になって口説いた。そして、その甲斐あって、彼女は俺の求愛に答えてくれた。


 初めての夜、俺は真剣だった。SEXしたいという欲望よりも、彼女に嫌われないように彼女が気持ちいいと思えるようなSEXをすることしか頭になかった。

 俺は彼女の身体を優しく愛撫し、彼女の反応を確かめながら、乳房をもみしだき、固く張った乳首を口に含んだ。彼女の喘ぎ声が高まるにつれて、俺も一緒にいけるように自分を高めていった。

 自分の真下に彼女の顔をみながら、時にはゆっくり強く、時には早く激しく腰を突き上げた。彼女は俺の首に手をまわして、俺に抱きついた。そして、一緒に一緒にと叫ぶ彼女の声が俺の中にも反響し、俺たちは一緒に絶頂を迎えた。

 行為が終わったあと、俺は彼女を腕枕し、ずっと髪をなでていた。そして、幾度も、おでこに、瞼に、鼻先にキスをした。彼女は幸せそうにそれを受けて目を瞑っていた。


 突然、彼女の手が俺の下半身に伸びてきた。彼女が触れた瞬間、俺のものは、急に息を吹き返したように膨らみ始めた。彼女は目を閉じたまま、くすっと笑うと、そのまま布団にもぐりこんだ。

 布団の中で、彼女が俺のものを探り当て、それを両手で握った。

 俺は目を閉じた。彼女の熱い息を感じた。そして、彼女の舌先が俺のものの先をちろちろと舐めた時、俺は雷に打たれたように体中が痺れた。

 彼女は俺のものがびくんびくんと鳴動するのを楽しむかのように、俺のことをじらすように、口に含み、リズミカルに動かした。

 俺は、必死に耐えた。彼女が俺のために尽くしてくれるこの至福の時間をいつまでも堪能したかった。頭の中も体も溶けてしまうような心地だった。世の中の苦しみなど一切存在しない悦楽の境地。頭の中に妙なる音色が響いていた。そして、俺は彼女の口の中で果てた。

 

 彼女は、布団の中から顔を出すと、潤んだ目をして俺をみつめ、ごくんと俺のものを呑み込んだ。そして、にっこり笑った。

 その瞬間、俺は、この女性を心底から愛おしいと感じた。この女性の眼も口も鼻も耳も髪も指も足もすべて愛おしかった。

 俺は彼女を抱きしめた。息ができなくなるくらい強く抱きしめた。彼女は息ができないことがまるでうれしいかのように俺の首に吸い付き、強く噛んだ。俺は彼女の股間に手をやり、指を差し入れた。そこは、もう熱く濡れていた。俺の指の動きとともに、彼女も俺のものを掴んで再び動かし始めた。そして、俺たちは、その晩ずっと愛し合った。



 天井をみつめながら昔を回顧していた男は、首を曲げて隣を見た。そこには、妻が安らかな寝息を立てて寝ていた。

 男は、目じりにも皺が寄って、すっかりおばあさんになってしまった妻をじっと見つめた。



お前と出会って、もう50年以上が経った。お前を何度愛したか数えきれない。お前の身体のことは隅々まで知っている。その皺のひとつひとつでさえ、俺にとっては愛しい宝物だった。

お前は子供を5人も産んでくれた。その子供たちも今では立派に成人してよき伴侶を見つけて幸せに暮らしている。ひ孫まで数えると、18人だったか。あの信じられないほどの幸福な時間の中で、俺たちはたくさんのものを残してきたんだよ。


俺の命も残りわずかだ。死ぬときは家で死にたいと我儘を言って、退院させてもらったが、こうして、お前の隣で死ねるなんて、なんと、幸せな人生だったろう。

お前という伴侶とともに、ここまで生きてこれて、なんと果報な男だったろう。

俺は、先にあの世に行ってるよ。お前はもう少しこの世を楽しんだら、あの世においで。そうしたら、また、昔と同じように、いつまでもいつまでも愛し合おう。

そこは、ずっと二人だけの安らかな世界だ。

そこは、清らかで清浄な菩薩の世界だ。




妙適淸淨句是菩薩位

 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である


慾箭淸淨句是菩薩位

 欲望が矢の飛ぶように速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である


觸淸淨句是菩薩位

 男女の触れ合いも、清浄なる菩薩の境地である


愛縛淸淨句是菩薩位

 異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である


一切自在主淸淨句是菩薩位

 男女が抱き合って満足し、すべてに自由、すべての主、天にも登るような心持ちになるのも、清浄なる菩薩の境地である


見淸淨句是菩薩位

 欲心を持って異性を見ることも、清浄なる菩薩の境地である


適悅淸淨句是菩薩位

 男女交合して、悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である


愛淸淨句是菩薩位

 男女の愛も、清浄なる菩薩の境地である


慢淸淨句是菩薩位

 自慢する心も、清浄なる菩薩の境地である


莊嚴淸淨句是菩薩位

 ものを飾って喜ぶのも、清浄なる菩薩の境地である


意滋澤淸淨句是菩薩位

 思うにまかせて、心が喜ぶことも、清浄なる菩薩の境地である


光明淸淨句是菩薩位

 満ち足りて、心が輝くことも、清浄なる菩薩の境地である


身樂淸淨句是菩薩位

 身体の楽も、清浄なる菩薩の境地である


色淸淨句是菩薩位

 目の当たりにする色も、清浄なる菩薩の境地である


聲淸淨句是菩薩位

 耳にするもの音も、清浄なる菩薩の境地である


香淸淨句是菩薩位

 この世の香りも、清浄なる菩薩の境地である


味淸淨句是菩薩位

 口にする味も、清浄なる菩薩の境地である


    理趣経 「十七清浄句」

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SEX 菊地徳三郎 @tokusaburo

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