第109話 シックルラビット

「シックルラビットって具体的にどんな姿なのかってわからないかな」

 森に入る直前になって、イネちゃんは始めてみんなに聞いた。

「今更ですね……見れば一目瞭然ですが、知らなければ警戒も難しいですか。ぱっと見た感じでは普通の兎よりも大きめ、地球で言うところの秋田犬ほどの大きさでほとんどの個体には首の辺りにその名にあるとおり、鎌に見える器官が存在します」

「器官ってことは普段は動きを阻害しない程度にしか無いってことかな」

「はい、その認識で問題ありません。そして鹿などが持っている角とは違い結構動かしてきますのでそこは注意が必要になりますが」

 ということは勇者の力で常に防御は固めておいた方がいいか。

 まぁココロさんもそのつもりでイネちゃんをこっちに割り振ったんだろうし、防御面においては自重せずにいっそロロさんの鎧とかもパワーアップしておこうかな。

「それじゃ、私は空から確認してくるッスよ」

「はい、単独で確実に安全と言えるのはキュミラさんだけですから、可能な限り広範囲の確認をお願い致します」

「その間につまみ食いはしちゃっていいんッスかね?」

「キュミラさんから見て、明らかに数が多ければ構いませんよ」

「うひゃっほぅ!食べ放題ッス!」

 やたらとテンションをあげてキュミラさんが飛んでいった。

 しかし食べ放題って……。

「キュミラさんの言動から考えると、結構な数のシックルラビットが繁殖してしまっているのかもしれませんね」

「となると……」

「来た」

 イネちゃんとジャクリーンさんでキュミラさんの言動について会話していたところにロロさんが戦闘中の緊張しているような声で言った瞬間、鋭い感じの金属音が周囲に響いた。

「油断……しすぎ」

「ありがとうございます。それではまずは迎撃しますか……イネさんは最初からできれば捕獲の方向でお願いします」

 ジャクリーンさんはそういいながら肉断ち包丁を抜いてるし……いやまぁシックルラビットがかなり好戦的で今も首や眼球めがけて攻撃してきてるから本気にならないといけないってことなんだろうけれど……。

「思った以上……に、多い……!」

「流石にこの数は私たちでは捕縛は無理なんです!」

「まぁ、うん。見ればわかるよ」

 正直に言えば、防御をあらかじめ固めてなかったらイネちゃんももう4回くらいさくっと持って行かれてるから、シックルラビットの数と身体能力はこちらの想定よりもはるかに上……。

「ロロ、も……狙う……」

「無理はしないでいいです。ここのシックルラビットは他の地域の個体よりも強いように感じます……っと、全部で30匹が襲撃してきましたね」

 数えてたのか……って既に5匹くらいジャクリーンさんの足元に転がってるし、やっぱりジャクリーンさんもかなり強いよねぇ。

 っと、見とれてる場合じゃない、イネちゃんも捕縛のために色々とやらないと。

 とはいえどうやってこれを捕まえたらいいのか……そこそこ大きいのにかなりの瞬発力、そして攻撃力を持ち合わせていて更に言えばシックルラビットの鎌の切れ味がかなりすごいもので、流石にロロさんの装備を切り裂くには至っていないけれども、ジャクリーンさんの肉断ち包丁はかなり刃こぼれが目立ってきている。

「代わりはちゃんと持ってきています。イネさんは落ち着いて捕縛を!」

「カゴも鎖も有効じゃないんだよ!点も面も線でも難しいってどうしたらいいのか」

「引きつけて……はさむ!」

 ロロさんはそう言って自分の首元を狙ってきたシックルラビットを両手の盾で挟み込んで気絶させている。

 有効打になっているのは見ればわかるけれど、それだとあと数匹気絶させたら残りはそのまま逃げて、今後はイネちゃんたちを警戒してしまうのは明白になるから……できれば今ここにいるシックルラビットに関しては全部無力化しておきたい。

「でしたら私たちごとこの辺りを囲んでください!シックルラビットが逃げられないような形であれば問題ありません!」

「もう、簡単に言うけど……範囲が絞れない!」

 シックルラビットの集団が狩りをする際の距離感とかがわからないから最小限は無理だし、あまりに範囲を広くするとシックルラビットが逃げるように戦略を変えた後の捜索が凄く難しくなる。

「大、丈夫……キュミラ……」

「あ、そうか。キュミラさんは森全体とまではいかないまでもここら付近の把握は出来ていたっぽいし……わかった、大まかに展開する!」

 勇者の力でおよそ半径30mくらいの範囲に神話物質による檻を生成しながら、イネちゃんも飛びかかってくるシックルラビットにスタンナックルで痺れさせて行動不能にしていく。

 思った以上に役に立つなこのスタンナックル……出力調整すれば普通のスタンガン程度の扱いもできるし、最大出力で打てばアングロサンの人型兵器であるアグリメイトアームだって無力化できるという謎の汎用性があるから本当に便利。

「そろそろ……気配が遠くなりつつあります。イネさん、囲いは?」

 ジャクリーンさんが3本目の肉断ち包丁で飛びかかって来ていたシックルラビットの顔を突いた直後に手首を返すような動きで首を落としながら聞いてきた。

「神話物質で作っておいたけど……半径30mくらいの広さだからキュミラさんが戻ってこないと捜索は難しいかも」

「探知もお願いできますか?」

「あの大きさの野生動物ってすると結構多く引っかかるから、シックルラビットって限定は難しいよ。人なら結構特徴が違うからわかるんだけど」

「とりあえず……これ……捕縛」

「あ、うん。ありがとうロロさん」

 全部金属で生成した檻に絶命していないシックルラビットを入れようとしたところで。

「あ、ちょっと待ってください。首と耳をくっつけるようにして拘束帯をつけてからにしてください。暴れたら大変ですので」

 そう言ってジャクリーンさんは慣れた手つきでシックルラビットをゴムバンドで拘束してから檻に投げ入れていく。

「慣れてるね」

「フルール領にも出ますからね、こいつら。まぁ個体の強さはこちらのほうが少し上のようでしたが、フルール家の人間は最低限の戦闘技術としてシックルラビットへの対処法を体に叩き込まれるんですよ。危険生物というだけでなく畑や家畜を荒らす害獣ですからね」

 害獣駆除を貴族が積極的にやるんだ……いやまぁ専門技術であることは間違いないだろうし、定期的に駆除しないとこの森みたいにわんさか増えるタイプなんだろうから分からなくはないけどね、うん。

「それよりも、本当にそれよりもです。私が迎撃したシックルラビットをどうするかです」

 確かに真顔なジャクリーンさんの足元には首が落とされたシックルラビットがぱっと確認が取れる範囲で5匹程度……お肉にするにしても少し多い量だよね、全部が全部秋田犬くらいの大きさだし。

 いくつかを干し肉にするにしたって流石に保存食加工する時間の方が少ない。

「とりあえず、持って……帰る。待機、している……人も、多い……し」

「駐留部隊の方々に保存食の作り方を教える必要も出てきますが、まぁ大丈夫ですかね。ヒヒノさんも料理上手と聞いていますからね」

「ヒヒノさんが?」

「あれでお嬢様ですよ。同様にココロさんも相応に身につけておられると聞いています」

 そういえばヌーリエ教会の司祭長の娘だったんだった。

 そりゃ普通ならお嬢様だよなぁ……まぁ性格やら言動を考えると威張るとかそういうことを全くしないような教育を受けているし、何より勇者として目覚めた以上は地位が上の人の子供だとか言っていられないっていうのはあるのだろうけれど、あの2人はむしろ自分を追い込むような言動の方が普通よりも多い気がする。

「大陸であっても貧富は存在する。地位が高いものは可能な限りそれを意識し、富んでいるものとしての責務を果たせ……これはフルール家の家訓ですが、あの2人はフルール家以上に名家であり、大陸の根幹をなす価値観を教義としている教会の最高責任者の実子ですからね、私たちが及びつかないような苦労も多かったと思いますよ」

 ジャクリーンさんが結構言葉選びしてるな……まぁヌーリエ教会自体は積極的布教活動はほとんどしていないから、あくまで大陸に住む人間の根幹にある価値観を教義としていると言ったわけか。

「ただいまーッス、ここのヤツはちょっと硬いッスねぇ」

「空からはどんな感じだったって……何匹食べた?」

「2匹程度ッスよ、とりあえず森全体ってよりはこの辺りの区画丸々シックルラビットが頂点に立ってる感じだったッスよ、数は数える気にはならなかったッス」

「区画だけ?」

「近くに私と同種の里があるんでシックルラビットが増えたら毎日ご馳走状態ッスよ」

 食物連鎖……イネちゃんの頭に浮かんだ言葉はこれだけなのであった。

「生息域に関してはくっきりはっきりしただけじゃないッスかね」

「なる程……それでは明日はそちらの里の方にお話を伺いに行きましょうか。申し訳ありませんがキュミラさん、これの運搬を手伝って頂けないでしょうか」

「こっちも大漁ッスね……了解ッスよー」

 生のウサギ肉というご馳走を食べてご機嫌なキュミラさんは即答で快諾……なんだかんだで猛禽類なんだってことを思い出させてくれる出来事でした、まる。

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