第108話 生態調査活動方針

 ココロさんが作った小屋は駐留部隊の人たち用だったようで、結局イネちゃんたちは近くに車両に積んできていたテントを建ててそこでリリアの作ったカレーを食べながら今後の予定を話し合っていた。

「火吹きトカゲに関しては明日、身元を受け取りに人を寄越すって言ってたよ」

「いやヒヒノ姉ちゃん、お米飛んでるから」

「あ、ごめんごめん。もったいないもったいない」

「でも誰が来るんだろう」

「さぁ?まぁ火吹きトカゲを落ち着かせることができる人は限られてるし、数人くらいには限定して予想はできるけどね」

「しかし気にするのはそこではないですよ。彼らが生態調査についてきた理由はいつ彼らの生体反応を辿り軍が来てもいいように人里から離すためです。そこは私とヒヒノが来たことで対応できますが、本当に大変なのはそちらですよ」

「本来このあたりにはいないはずの火吹きトカゲが居たわけだからね、そりゃもう生体系ぐっちゃぐちゃになってるんじゃないかな。しかも大まかでいいって言っても1週間である程度まとめないといけないイネちゃんたちは大変だと思うよー……うん、やっぱリリアちゃんの手料理美味しいね」

「火吹きトカゲは野生動物の中では強い方ですからね、集団で狩りを行える知恵も持ち合わせている以上食物連鎖では上位に位置します。そしてあの体躯ですから食欲も相応のものであり、大型動物は肉食、草食問わず数を減らしているものと考えられますので、危険という意味では一部昆虫と、この辺りに生息している最強の小動物であるシックルラビットには常に警戒したほうがいいでしょう」

 シックルラビットって……なんていうかよくある『角のあるうさぎには気をつけろ』ってコーイチお父さんが冗談で常々言ってた内容が事実だったとかそんな流れになりそう。

「ちょ、ちょっと……シックルラビットが居たの!?」

 大声を上げたのはミミルさん。

 というかウルシィさんも青ざめた顔になってる辺り、森に住む人たちにとっては実際、現実的な驚異であることは間違いないみたい。

「え、あの肉噛みごたえがあって美味しいッスよ?」

「あなたはシックルラビットの天敵だからでしょう!」

「そうですね、森の調査はイネさん、ロロさん、キュミラさんに限定したほうがいいでしょう。今日皆さんに行ってもらった場所は火吹きトカゲがいたこともあり、森の動物は皆あそこから逃げていたのでお願いしましたが、明日からはその抑止はありませんからね」

「あ、私も大丈夫ですよ。お父様からウサギ狩りの技術と気配の読み方、攻撃のかわし方を叩き込まれましたので」

 そして今の流れで立候補するジャクリーンさん。

「フルール家の方でしたか。確かにあの辺りもシックルラビットの生息域ですし、技術は確かなものだという気を感じます。では4名で森を、他の方々で草原の調査をお願い致します。そちらにいる危険性が高い動物は以前の記録では狼だけですので」

「ふと気になったけど……シックルラビットって食物連鎖だとどのくらいの位置なんです?」

「天敵は専門の訓練を受けた人間、身体能力で大陸上位であると示されている人間、師匠、勇者、夢魔、ドラゴン、猛禽類系のハルピー、火吹きトカゲ、猛禽系鳥類にヌーカベ……この辺りでしょうか」

「……象とかの大型動物っていましたよね?」

「足を切られて捕食されますよ。大型肉食獣では機動力で負けて首を落とされるだけですし、人間でも先ほど上げた方々レベルでなければ対処は難しいでしょう。生まれながらにしてシックルラビットに対処できそうだと言える方は師匠とタタラ様くらいなものだと思います」

「父さんが?」

「タタラ様はあの師匠と喧嘩をして生き延びられる方ですよ?」

「……納得しちゃいけないんだろうけど納得できちゃった」

 なんていうか……むちゃくちゃ生体系上位種が小動物っていうのも大陸って感じがするよね。

 バクテリアや植物も含めればもうちょっと天敵が増えるんだろうけれど、そんな危険生物をしっかりと調べられる人材を捻出するとなると平和なタイミングでもない限り難しいのは理解できた。

「あぁ、だからムーンラビットさんは夢魔の人が生態調査を引き継ぐって言ってたんだ……」

「アングロサンのことがなければ他は平常交流になっている地球とムータリアス、ヌーリエ様が世界人口丸々身請けなされた世界の方々の安定と各種交渉に残務処理だけでしたからね。幸いそちらはムータリアスから出向中の亜人種の方々と、グワールも対応に加わっていますので教会の人員にようやく余裕ができたところでしたからね」

「やっぱりこうも立て続けに異世界と繋がることって珍しいんです?」

「いえ、教会の歴史では過去最高は5つの世界と同時に繋がり、うち3つと全面戦争状態になったとの記録がありますので、今の状態はそれほど珍しくはないかと」

 同時に3つはままあるってことか……。

「ただ今回の場合はまず地球の一部の国によって一部の貴族領が大破壊されていたのと、ムータリアスから廃棄という形で増えていたゴブリンに関しては大陸全土と言っていいほどに増えていたのが原因での人員不足が深刻であったわけです。長いこと平和であったことで少数精鋭に先鋭化しすぎていたために初動対応が間に合わなかった結果と言えますから……」

 だから後手後手に回り続けていたわけか……大きな問題が起きるまで様子見するスタイルだったことも合わせると相乗効果的に最悪の方へと転がったのだ。

「でもちゃーんと10年くらい前から始まった育成計画の最初の方の人たちが一人前になってるからね、人員不足もある程度解消の目処がたってきたんだよね」

「はい、ヒヒノの言うとおりに大陸で育成していた人たちと、ムータリアスからの有志の方々、そしてミスリルを開発した幾人かの技術者が協力を申し出てくれたおかげで不足は解消できたと言えるまでになりました。となれば今後は後手に回ったとしても初手以降はこちらが主導権を握れるように動くまでです。世界を守る覚悟、その1つは本日イネさんにやっていただいたようなことも含まれますが……」

「できる人が抑止力っていう少数精鋭を活かせる形で攻撃的な世界の人たちの牽制を行ったほうが後々の後処理を含めて考えてもローコストってことだね。それに生体系を守ることも世界を守るお仕事の1つだから、外来種によっては今日みたいに武力が必要になっちゃうこともあるからね」

「それは……エゴなのでは?」

 ココロさんとヒヒノさんの説明にヨシュアさんがぶっ込んじゃった。

「そうですよ?むしろそれ以外のなんだと思っていたのですか。多少うぬぼれてでもいなければ世界を守るなどとのたまうことなどできませんよ」

 ココロさんはそれを容赦なくぶった切った……いやまぁその上で自身を制御できるだけの訓練もしているからこその答えだろうけれど、ヨシュアさんにとってはちょっと予想外だったみたいで表情も固めてしまった。

「それはともかくとして、客人の方々は基本的には私とヒヒノが応対致しますので、皆さんは先ほどの振り分けで当初の予定通りに調査を進めて頂ければと思います。護身ができる程度に武器術を指南して欲しいと頼まれていますし、私とヒヒノであれば大抵の出来事には対応できますからね」

「それは危険動物に襲われた際に連れてきてしまっても?」

「もちろんですよ。むしろ私としては最近訓練が出来ていませんので、忙しくなるのは歓迎しますが」

「最近は書類とにらめっこだったもんねー」

「向いていないこともしないといけないですからね……人手不足というものはやはり辛いものがあります」

 しみじみ言われましても……。

「でも編成はわかりました。そこで1つ気になったことなんですが、もし在来種であるシックルラビットに襲われた場合ってどう対応すればいいのかな。生態調査目的ならできるだけ倒しちゃいけない気がするんですけど」

「可能な限り捕獲対応で、1・2匹であれば致し方ないと判断します。最も、しっかりといただくのであればそこに多少なりプラスされても問題はありませんが」

 あ、食べられるんだ。

 でも普通のウサギと違って雑食、しかも肉食寄りな説明だったし、お肉に臭みが強そうな気がしてならない。

 まぁ調理するのがリリアなら手元の香辛料とかが少ない状態でもうまく調理してくれるだろうけれど……虎の子のカレーは今日食べているわけで、連日カレーだとなんというか曜日感覚が狂っちゃいそう、曜日とかあまり関係なしで動いてるから影響はないけど。

「他に質問はありますか?無いようでしたら森に行かない方々で夜の番を交代でお願い致します。私もすぐに起きれる位置で休憩をとりますので、何かあれば大きな声で知らせてください」

「見張り……なんで?」

「簡単なことですよロロさん。森に向かう方々は明日以降の疲労は他の方々の比ではないからです」

 ココロさんはそれはそれは素晴らしい満面の笑みでそう答えた。

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