第106話 火吹きトカゲとの戦闘

「ココロさんが別れ際にあんなこと言うからだよなぁ……」

 はい、今イネちゃんたち資材確保組の目の前に2匹の火吹きトカゲがいて思いっきり目が合っています。

「威嚇はしてきていないから、敵意はないんだろうけれど……」

 こちらも敵意を示していないからこその反応とも言えなくはないので判断に困る。

 ココロさんは本気で戦えなんて言ったけれど、敵意がない、戦う必要もないかも知れない相手と戦うというのは、例え命を奪う覚悟が出来ていたとしてもとてもやりにくい。

「どうする?」

「どうすると言われても……敵意がないように見える以上戦う必要が本当にあるのかどうかの判断に困るから……」

 ロロさんに聞かれてもイネちゃんはこう答えるしかない。

 一体ココロさんはどういう意図でイネちゃんに戦えなんて言ったのか、何度も何度も考えてしまうけれど……。

「イネ……私でよければ森の精霊を通して会話してみるけど」

 ミミルさんがそんな提案してくれる。

「それは嬉しいけれど……できるの?」

「私だって一応エルフだし、エルフなら誰だって精霊魔法は使えるから」

 そういえばミミルさんエルフだった。

「じゃあ……お願い」

 火吹きトカゲがこちらを見つけてすぐに襲いかかってこなかった時点で、目の前の火吹きトカゲはミスリルが原因で本来の生息域ではないルズート領に出没しているわけではないのはわかっているけれど、それならそれでどういう理由でこんなところにいるのかが分かればこの状況を打開できる判断材料の1つにできる。

 もしかしたらココロさんの言葉みたいに戦う必要なんてなくて、それこそドラゴン……ナガラさんに迎えに来てもらうって手段もありえるわけだからね。

「ここ数年における異世界の襲撃や世界の異物によって本来の生活区域を奪われてここまで来た……自分たちが他の生物の生息域を侵したのは間違いないので自分たちが討たれるのは構わない……」

「子供……」

 ミミルさんの伝えようとするゆっくりとした言葉にヨシュアさんが子供という単語に反応した。

「侵しているのを自覚しているのになんでここで繁殖しちゃったかな……いやまぁありきたりなところで移動する直前に妊娠していて、気づいたときには既にここだったってことなんだろうけど……」

「どう……するんだい」

「どうするもなにも、ここは火吹きトカゲの本来の生息域じゃない。明確な外来種をこのまま放置ってわけにはいかないよ。そんなことをすればそれはお互いに不幸になるだけなんだから」

 せめてドラゴンの人がこの場にいればイネちゃんだってこんなことを言わないし、そもそもドラゴンの人が居るのであればもう本来の生息地に戻っているだろうし……つまりは保護なり処理するしか選択肢がない。

「そんな……」

「だから保護か処理か選ぶんだよ。これは大陸だけじゃなく地球でもそうでしょ?」

「イネを見た時ひと目で相当な実力なのは把握できた……願えた立場ではないが私たちのどちらかと本気で戦って欲しい……人と争うという意味を理解させ、できることであればドラゴンの元へと送り届けて欲しい……と言っていますが……」

 凄く……やりづらい。

「うーん……こっちにリリアが来てくれればもっと正確な対話ができるんだろうけれど、火吹きトカゲ側に敵意がないのはここまで悠長に雑談していても襲われていないことで理解できてる。だけどリリアは今大所帯の炊き出し中だし、そもそも保護ができたとしても動くのは難しいわけで……」

「希望……聞いて、あげよう?」

「ロロさん……」

 ロロさんの提案につぶやきで答えたのはヨシュアさん。

 うーん、やっぱりヨシュアさんは優しすぎるというか……道徳的な面で間違いなく命のやり取りには決定的に向いていないんだよなぁ。

 明らかな敵意が相手にあって、やらなきゃやられるって場合ならその限りではないから何もせずにって心配はないのだけれど、こういう場面では完全に足を引っ張る形になっちゃってるよね。

「まぁ、そうだね。ミミルさん火吹きトカゲ側にこっちの事情とかも伝えてあるんだよね?」

「え、う、うん。そうだけど……」

「だったら……そちらの希望に沿うのは別にやぶさかではないけれど、ドラゴンの人のところに送り届けられる保証はない。場合によっては見世物として暫くか、もしくは生涯ひとつの場所に拘束することになるかもしれないけれどそれでもいいのか。いいのであればせめて痛みを感じることがないように本気で戦ってあげる。って伝えて」

「イネ!」

「見世物っていうのは地球でいうところの動物園を想像してもらえればいいよ。保護する以上は責任を負わなきゃいけないし、命2つ分もの責任を負うだけじゃなく、保護する場所の周囲の人たちや動物、そこの生活も守らなきゃいけない責任が生じるわけでね、それを全部無償でできるほどイネちゃんは聖人君子にはなれないよ」

「そんな……でも……」

「まぁそんな正論でねじ伏せられる気持ちを考えろって言われたらイネちゃんは反論できないわけだけどね。一応ヨシュアさんが飲み込む要素としては、保護する先はシックが妥当だってことだよ。なにせこうなるように仕向けたのってヌーリエ教会所属のココロさんなわけだし」

 なる程、ヨシュアさんっていうファクターが存在していたからこそココロさんの意図がなんとなくではあるけれど読み取れた。

 イネちゃんは明確に大陸でも圧倒的上位の力を望む望まないに関わらず手に入れてしまったのだから、力を持つ人間の責任って奴を教えたかったってところか。

 それにしても随分とやりづらい状況を押し付けてくれちゃったわけだからね、せめて保護した火吹きトカゲの親子……いや父親か母親のどちらかはイネちゃんが消し飛ばさないといけないから片親と子供の保護に関しては全力で押し付けてやる。

「わかったって……父親の方が戦うみたいだけど、森を必要以上に破壊はしたくないって言って、森から出た草原で戦うって……」

「了解。それじゃあ皆は残った火吹きトカゲの保護をお願い。ティラーさんは悪いけど予定本数伐採お願いね」

 イネちゃんは指示を出すだけだして本気で戦うために久しぶりにパーフェクトイネちゃんの装備を生成して森の出口へと向かう。

 こちらの動きに呼応するようにして火吹きトカゲの1匹も空に飛び立ち、イネちゃんを追い越す勢いで草原へと向かっていく。

『本当、ここ最近ヨシュアさんにとってはイネ、悪役っぽい感じだよね』

「誰かがやらなきゃいけないのなら仕方ないでしょ?」

『もうちょっと言い方があると思うんだけどなぁ。まぁ私も思いつかないからこれも仕方ないけど』

 そりゃイーアだって私と同じなんだし思いつかないのは当然だ。

 雑談しつつ森の外へと出ると、特に驚く様子もなく作業を進めるリリアと、取り乱しているアングロサン駐留部隊の面々、そして優しい笑顔をこちらに向けているココロさんが確認できた。

 ちなみにそんな近いわけではなく、私が鋼鉄靴の構成を変えてローラーダッシュするときはいつも頭に多機能型リングスコープカメラを生成しているから、結構な高倍率で拡大して遠くを見ることができるのだ。

 草原に出た後は火吹きトカゲがホバリングしている場所まで移動して、両肩にゴブリンの最終系であるオベイロンとの戦いの時に使った戦略級のビームキャノンを生成する。

『チャージする間、攻撃してくると思うけれどどうするの?』

「盾を作って受けきる、オベイロンの時と同じでいく」

 これなら痛みを感じることなく蒸発するはず……最も、ビームが迫ってくる恐怖に関してはどうしようもないけれど、今の私に使えるもので極力周囲への影響を少なくするタイプの攻撃となるとこれしか思いつかないので火吹きトカゲには悪いけれどもそこは飲み込んで貰うことにする。

『炎弾、来るよ』

 イーアが落ち着いた声で攻撃を知らせてくるけれど、いつもの危険を知らせるという感じのものではなくそれほど状況が切迫しているような言葉ではない。

 そしてイーアのそのテンションの理由を証明するような、風が窓ガラスを軽くゆらす程度の音がして展開している盾で止まり、こちらのチャージを止めるほどのものではない。

『悲しいね』

「もっといい手段はあるんだろうけどね、時間と人、その他リソース……全部足りない以上は……」

 仕方ないという言葉は飲み込む。

 ココロさんとヒヒノさんがこの場にいる以上は人が足りないというのはただの言い訳にしかならないし、町の人の心情を考慮しなければシックまで火吹きトカゲの一家を連れて行くことだってできるだろう。

 結局のところ目の前の出来事に場当たり的に対処しているだけの自分に対しての言い訳でしかない。

「ヨシュアさんに偉そうに言った割には、私だってあれこれ考えちゃってるんだなぁ……」

『チャージ完了、いつでも撃てるよ』

「了解……」

 これ以上長引かせても予定がずれ込むことになるし、死ぬ前提で覚悟して戦っている火吹きトカゲにも失礼になる。

「ごめんね」

 私はそう呟いてビームを発射した。

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