第9話 腐った蜜柑 (2018.12.03)

「お前を見ていると吐き気がするね」

 やれやれと大げさにため息を吐く。六郷は目についた部下へ「とっとと検証写真済ませろ」と声を荒げた。理不尽にも似た何かであることは誰の目から見ても明白だった。

「六郷さんも相変わらずのようですね」

 階級的には自分の方が上なのに、八丈島は暴言を甘んじて受ける。しかし、心中で唾棄していた。居心地のいい環境を崩さない周りもどうかと思ってしまう。同類になるつもりはないし、六郷のようなタイプを認めたくはなかった。

「指名でそのまま上がれるなんてドラマや漫画の見過ぎだ。いつまでもこんな風にいられるわけがないだろう」

 何を言っても無駄だと知っている。反論すればするほど、このプライドが小さな男が機嫌を損ねていくのはよく知っていた。引き渡しに時間が掛かればかかるほど、めんどくさい事に巻き込まれるのはもうすでに経験済みだった。予測できる様々な暴言は、ストレートに相槌をうっていた方が楽だとよく知っていた。

「そうですね、おっしゃる通りです」

「あの所轄から首突っ込んでくる連中だってそうだ、お前のような偶々お上に目が留まったから昇進したようなものを」

 初めて聞くタイプの話に、つい疑問を抱いてしまった。てっきり新人をいびる事に命かけているのとばかり思っていた。なんて、八丈島は頭の片隅で思った。

「六郷さんは出世にご興味があったんですか」

「どいつもこいつも見る目が無い」

――見る目があったから昇進できないのだと。その事に気づかないのも、一つの幸せだろうと。八丈島は一周回って憐れんでしまいそうにもなった。

「ところでお前、未だに一課の係長クソとお仲間気取っているのか?」

 話題を変えたのは六郷の方からだった。言いくるめるのも後々めんどくさい事になるため、八丈島は素直に「ご存じないと思いますが前期から特命の応援です」と答えた。無論、なかなか聞かない部門の配置換えに六郷は邪推する。

「聞いた事ないな、さてはやらかしたんだろう」

「そうですね」

「可哀そうに、いじめられたんだな。そんな性格だからどこいってもお前は、」

 マウントを取って言いかけた六郷へ、間髪入れずに八丈島は「可哀そうな一課のコマなので、今回は大目に見て頂けますか。あとで書面、お送りしますんで。被害者ガイシャは複数いるわけで、目撃も防犯カメラからで固いでしょう」と希望を述べる。長居するのは不本意であり御免であった。

「いいだろう、俺が面倒みてやる」

 急に気分を良くした六郷へ機嫌が変わらないうちに「ありがとうございます」と思っても無いお礼を述べる。一刻も早く立ち去ろうとするところへ、六郷は続けて「あぁ、八丈島」と呼び止めた。

「なんでしょう」

「ハブられついでにいい事を教えてやろう。たぶんガセだと思うが、タレこみでお前をお気に入りオキニにしている上司、地名みたいな名前の」

 一課でお気に入り、で八丈島はすぐに誰を指しているかわかった。

「五反田さんですか?」

「そうそう。奴、どうやら前に扱ったコロシの件で、出所した犯人にえらく憎まれているらしいぞ」

 至ってよくある逆恨み。八丈島は「珍しい話じゃないでしよう」と返すと「確かにな、一課じゃそうだろう」と六郷は立場を鑑みた。

「だが、二階級特進でもしてくれたから、上の席が空くってもんだ。喜べよ」

 ゲラゲラと下卑て笑う元上司、今はただの管轄外の先輩。冷めた目で「不謹慎ですね、相変わらず」と否定も肯定もせず、八丈島はポツリと言った。

 対して六郷は「チッたぁ笑えよ、つまらん奴だ」と、八丈島の背中を勢いよく叩く。言い返す気力も持ち合わせていない八丈島は、そのまま「あとは書面でお送りします」と業務的に言葉を交わしてその場を後にした。


(続く)

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