第4話 木枯らしと惰気 (2018.11.09)

2018.11.09


 追いやられた喫煙室。かろうじて存在が許されているかのような隔離された空間。生垣と街路樹のおかげで免れていはいるが、ガラス張りはさながら公開処刑に見えなくもない。夜勤明けで一服をしていた八丈島は禁煙するつもりであった煙草の箱を開けていた。用事を伝えにきた三上は、呆れた様子で「禁煙するのはやめたんですか?」と訊ねると、そっぽを向いて陽の昇った空を眺めつつ「ストレス社会なんでね」と適当な言葉を並べた。

「ストレス感じるんですか?」

 三上の素朴な疑問に「失礼な奴だ」と八丈島は答える。不機嫌そうな表情を張り付けてふて腐れる。三上は窓へ背を向け寄りかかる。隣で八丈島が吐く紫煙、窓の外へと細々と上がるのを横目に「噂されてますよ、ロリコンだって」と前件解決した事件にまつわる噂を口にする。彼は自身が担当した、児童養護施設でおきた宗教がらみの事件で、身よりもない少女をひとり引き取っていた。つまらなそうに八丈島は「言わせとけ」と三上に吐き捨てる。三上は深いため息を吐いた。

「そんな態度だから敵をつくるんですよ」

「元からミカタなんぞ居やしない。ミカミはいても、な」

 意地の悪いギャグをはさんでくる八丈島へ三上は何を言っても無駄だと悟る。「さいですか」と話を切り上げて、本題を持ちかけた。

「例の件、ちょっと調べてみたけれどやっかいだと思いますよ」

 顔を上げて「ほぅ、詳しく聞きたいねぇ」と八丈島は短くなった煙草を、自身の携帯灰皿に押し込み、また新しい煙草に火をつけた。

「六月の数件、犯行現場で同じ人間の皮膚片や髪の毛から採取したDNAが、」

 言いかけた三上の言葉を遮って八丈島は「あぁ、同時期にあった婦女殺しの。内臓がズタズタにされて、抜き取られていたやつ」と続ける。生温い風が吹き付けた中、暗い話題は続く。「確か似たような事件で、地下道で三十代の男が斬殺されていたのを最後にピタッと似たような犯行が収まったよな。もしも、その殺された男が犯人だった場合、そいつを殺した人間がいるはずだろう」と、推測混じりを三上へ伝えた。

「ひと気の少ない場所での犯行でしたし、あの日は雨が降っていて目撃者も居なかった。捜査は難攻して、打ち切り。同じく未解決事件として処理されていますね」

「関連付けるとしたら浅はかすぎるだろう、ナイフでどっつり刺されるなんて、ありふれている」

「刃渡り十センチ前後のダガーナイフでもですか?」

 テレビにも話題に上がっていた事もあった、その事件は、一つの憶測を抱かせるには十分すぎる状況証拠があった。

「資料によると、もみ合った形跡と被害者の爪から皮膚片が検出されていたな。例の件と、同じ人間の犯行であるならば、一致するだろうし、仮に別の人間のものだった場合でも次に繋がる一手にはなる」

 犯人と思しき変死体にて終止符が打たれた、例の事件の資料からひとつの共通点が導き出されていた。

「登録データを見ても記録がなかったので前科が無いのは明白ですね。追求するのは勝手ですが、難儀な件になるかと思います。どうするつもりですか」

「足で探すのが道理だろう。新しい証拠が出てくれば儲けもん、出なければ未来の足しにでもするさ」

 簡単に宣言する八丈島に三上は「六馬さんじゃないですが、そのやる気はどこから湧いてくるんですか」と呆れたように言った。

「逆に聞くが、なんで三上は刑事なんて、なんの足しにもならないお堅い仕事をしているんだ」

 煙草の煙を吐き出して、三上へ問いかける。思ってもいない質問だったのだろうか、三上はきょとんとしたあと、鼻で笑ってから自分の胸に秘めていた事柄を口にした。

「私は正義を貫き通す瞬間を見たいからですよ」

 目を細め、首をすくめた三上を前に、八丈島は「なんだそのざっくばらんで荒唐無稽な理由は」と端的に感想を述べる。それ以上を語らない三上へ、向けていた視線を窓の外へはずし、フィルターへ口を付けた。

「私は答えましたよ、八丈島さんは?」

「そうだな。強いて言うなら、市民の安全を守るという枠組みの中に、自分にとって大事な人間が居るから、か。一方的に加害されて悲しむ人間など見たくない」

 もっとも、この男は安易に自身が信じる道を疑わない。いくら上司や上官に無碍にされようが、派閥や妬みによる嫌がらせを受けようが、構ったことではない。ストレートな性格は好かれる人には好かれるし、嫌われるタイプにはとことん嫌われるのが常だった。彼がお上と呼ぶ管理官、理事官も例外ではない。三課の理事官には気に入られ、一課の管理官には嫌われていた。左右を見て我が振り直して歩く三上とは対称的で、実績を出しているからこそ許される態度であった。

「お優しいんですね、八丈島さんの融通無碍ゆうずうむげさには私も見習うべき考え方です」

「遠まわしに馬鹿にしているんだろう」

「そんな滅相もない、自分で自覚しているから馬鹿にされたと感じるんですよ」

 首をすくめて三上は言った。

「やっぱり馬鹿にしているんじゃねぇか」

 半ギレ口調で声を荒げた八丈島だったが、軽く首を傾けて笑う三上を一瞥して深いため息をついた。八丈島は吸殻を携帯灰皿へ納める。

 紫煙は白んだ空へ消える、外気は十一月の冷たい風を孕んでいた。


(続)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る