第230話 それなら……

「へ……?」


 あまりにも間の抜けた顔をする暁に、姫乃は苦笑いを浮かべる。

 自分で言っておいてなんだが、そんな顔をするのも当然だろうと姫乃は思っていた。


「えっ……? えっ……? スキ? それはどういう……」


「そのままの意味さ。私が暁に対して、恋慕の情を抱いている。ただ、それだけのことさ」


「え? えぇ? でも……何で?」


 未だに暁は状況が上手く呑み込めていないようだった。

 そんな暁もお構いなしに、姫乃は言葉を続ける。


「いきなり私からそんなことを言われても困るよな。だが……私にとっては大事なことなんだ。さっき暁が言ったように、暁がそばにいてくれたから、今の私がある。それだけ、お前の存在は私の中で大きなモノなんだよ」


「あー……そっか……」


 ようやく姫乃が本気であるということが分かった暁は、困ったように頭を掻く。

 この反応も当然だろうと、姫乃は心の中で自嘲気味に笑った。


「だけど安心してくれ。私もそれが許されないことぐらい分かってる。お前は『魔王』で私はただの『魔王の配下ヴァーサル』。いや……ではないな。もっとタチが悪い、お前の命を奪うかもしれない『背信の裁き手』だ。決して結ばれることはない。結ばれてはいけない」


「もしかして……亞咬さんが婚約話を持ち掛けて来たのも?」


「私の気持ちを察してだろう。だが、その本人も操られていた上に、今は意識不明状態。その真意を聞くことは出来ないがな」


 暁の手にしていた花火が、最後の火花を出し終える。

 白い煙が森の夜風に煽られて、空へと立ち昇っていった。


「返事はしなくていい。これは私のけじめだ。私は今日、お前に告白することで、その全てを振り切る。これで私はまたお前たちのそばにいることが出来るようになるんだ。『魔王の配下』、紅神姫乃……として。まあ、結局のところただの自己満足なんだがな」


「姫ちゃん……」


「すまないな……私の自己満足に付き合ってもらって。都合が悪ければ、忘れてくれ」


 そう言うと、姫乃は暁に背を向ける。

 これでいいんだ。

 これで、私もようやく踏ん切りがつく。

 純粋に、『灰色の魔王』に忠誠が誓える。

 これからは、『魔王の配下』としてそばにいよう。

 忠実なしもべとして、ずっと……。


「……わかった」


 背中越しに、暁の言葉が聞こえる。

 たった一言、返ってきた「わかった」という言葉。

 その示す意味は、言わずもがなだろう。

 覚悟をしてはいたが、それでもやはり辛いことには変わらない。

 だが、これでよかったのだ。

 これで…………。


「それなら……付き合おっか。僕たち」


 これで…………。

 ん…………?


「は……?」


 姫乃は思わず振り返る。

 今度は、姫乃の方が間の抜けた顔をしていた。


「だから、付き合おう姫ちゃん。あ、恋人同士になろうって意味ね。一応」


「はぁ!? え!? えええぇぇぇぇ!!?」


「なっ…どうしたの? そんな大声出して?」


 首を傾げる暁に姫乃は歩み寄り、その肩を掴んで詰め寄る。

 その顔には「何言ってんだコイツは」と書かれていた。


「え……何? まさか……恋人同士になったからっていきなりキス? 困るなぁ……こう見えても結構純情なんだよ僕」


「お前……私の話を聞いてなかったのか?」


「聞いてたよ? だから付き合おうって言ってんじゃん」


「だから! 私は『魔王の配下』で……」


「うん。で?」


「『で?』って……だから……『背信の裁き手』で……」


「で?」


「私はっ……」


「僕は……姫ちゃんが好きだよ」


「っっっ!!!?」


「姫ちゃんは?」


「へ……?」


「僕のこと好きなんでしょ?」


「それは…………だけどっ……!!」


「じゃ、決まりだね」


「えぅ…………」


 詰め寄っていたはずの姫乃が、今度は逆に暁に詰め寄られていた。

 姫乃が顔を赤くして何も答えられなくなったのを確認した暁は、姫乃を強引に自分の方に引き寄せる。

 そして、熱くなった頬に手を添えるとゆっくりと唇を近づける。

 その暁の唇に、姫乃も無意識のうちに自分の唇を寄せる。

 気がつけば二人の唇は自然と重なっていた。



 ※



「どう? ここの料理は中々でしょ? 特に、この真鯛のポアレは絶品で……」


「誤魔化すな。どう言い訳するつもりだ? 今回の失敗について」


 駅からほど近い場所にある高級ホテル。

 その展望フロアに店を構えるフレンチ料理専門のレストランで、二人の男が豪華な料理を前に顔を突き合わせていた。

 片や人の良さそうな笑みを浮かべた男、片や如何にも気難しそうな眼鏡をかけた男。

 苛ついた様子を隠さない眼鏡の男に、対面の男は料理を頬張りながら溜息をついた。


「失敗なんてしてないさ。ただ、お気に入りの『人形』が一つダメになったのは痛かったけど……の覚醒には着実に近づいてるよ」


「まだるっこしいんだよお前のやり方は。みんな心配している。『本当にアイツに任せて良かったのか』ってな」


 眼鏡の男の言葉に、男は笑みを深くする。

 そして、ナイフとフォークをテーブルに置くと、男は席を立った。


「確かに……個人的な楽しみを優先し過ぎたことは認めるが、そんな言い草は心外だな。今回の一件といい、狼森の里の一件といい、ちゃんとそれなりの成果は出してるぜ?」


「その『個人的な楽しみ』が問題なんだ。は俺たちにとって欠かせない存在だ。もっと真剣にやれ。出来ないなら、他のヤツに変わってもらうだけだ」


「へーへー。わかりましたよ」


「おい。どこに行くんだ?」


 料理も途中に立ち上がり去ろうとする男を、眼鏡の男が引き止める。

 そんな男の呼び止めも聞かず、男はスタスタと去ろうとしていた。


「おいっ!」


「分かってるよ。次の手の準備に行くのさ。ちょっと面白い情報も手に入ったしね」


「面白い情報?」


「ああ」


 男はポケットに手を入れる。

 再びポケットから抜かれたその手の中には。小さな植物の種が数粒握られていた。


「上手くいけば……計画を一気に進めることが出来る……それくらい面白い情報……さ」


 その言葉を聞いた眼鏡の男の様子が変わる。

 眼鏡の男の眼鏡の奥にある――――――目が瞳以外、一気に深い漆黒に染め上げられた。


「その言葉……偽りないな?」


「嘘言うわけないでしょ? 計画遂行は俺にとっても悲願だから……ね」


 男は手の中の種を握り締め、黒い笑みを浮かべる。

 男の笑み同様、その男の目も黒く――――――どす黒く染まっていた。



 《第十三章 完》

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