第214話 婚前式
第七セントラルホテル―――――第七区の中心街にそびえる
既に会場となる大広間には、幾人かの来賓がウェルカムドリンクを片手に思い思いに談笑している。
この場にいる来賓、給仕、警備に至るまで、ほとんどの者が『紅神』に所縁のあるデモニア―――――
このビルは、現在彼らの貸し切り状態であった。
祝いの席ということもあってか、彼らの表情は明るい。
貴重な同族の新たな血を一族に取り込むことができるのだから、当然と言えば当然である。
加えて、第七区の吸血鬼たちと取り仕切る『五長老』の一人である亞咬の実娘の婚約ともなれば、尚更だ。
そんな吸血鬼だらけの中にあって、用意された別席に灰魔館のいつもの面々の顔があった。
皆、華やかなドレス姿で大変見目麗しいが、その表情は会場の他の来賓たちと比べて優れない。
何しろ、先日の話から結局暁は何も言ってくることはなく、この婚前式を迎えてしまったのだから無理もない話だった。
「……結局会場まで来ちゃったね……」
「暁ちゃんもムクロさんもまだ来ないし……本当に私達だけで来てよかったのかな?」
他の来賓同様にウェルカムドリンク(未成年なので、勿論ノンアルコール)を傾けながら、神無とふらんは居心地悪そうに呟き合う。
神無は爽やかな青と白のコントラストが映えるシルクドレス姿である。
本人の要望で動きやすいように袖はノースリーブで、スカートの丈は短めだ。
対照的にふらんは極力露出を抑えた黄色のドレスに身を包んでいる。
フリルや腰についた大き目のリボンなど、全体的に可愛らしいデザインをしていた。
「新妻さんたち降安の人たちもまだ来てないみたいだし……本当にどうしようか……」
「ん……? どしたのメルちん? そんな怖い顔して?」
神無が隣にいるメルの顔を覗きながら尋ねる。
メルは日頃から着慣れた真紅のドレス姿で、訝し気に眉を寄せた。
「おかしくないか? 姫乃の親父も婚約者の萌葱もいるのに、何で姫乃のヤツだけいないんだ?」
メルは主役が座る壇上を顎で指し示す。
確かに、まだ開始まで僅かに時間はあるが、既に亞咬も緋彩も席についているのに、姫乃の姿だけそこになかった。
「女の準備は時間がかかると言うが?」
会場で唯一人、何故か白のチャイナ服を着たイヴが真顔で答える。
これも生みの親であるクロウリーが残していった
「そんな単純な理由ならいいんだけどよ……」
何となく悪い予感を感じ取りながらも、メルはそれ以上は何も言わず、グラスに口をつけ炭酸水を飲む干した。
空になったグラスをテーブルに置いた時、ようやく暁が会場に姿を現した。
「暁ちゃん!」
ふらんが名を呼ぶと、暁は笑顔を浮かべて手を振りながら歩み寄ってくる。
パリッとした燕尾服に身を包み、癖毛を後ろに撫でつけた正装姿の暁に、他の来賓たちの視線が注がれる。
この場にいる吸血鬼たちの中には、人間でありながら魔王である暁に対していい感情を持っていない者も少なからずいる。
『五長老』の中でも最有力者である亞咬の手前、表立って異を唱える者はいないが、それでも注がれる視線から反感の意思は所どころ感じられた。
そんなことも気にすることなく、暁は悠然と会場を渡り、少女たちのテーブルまでやってくる。
その後ろから、ムクロも続いた。
「お待たせ。いやぁ~みんな綺麗だねぇ。眼福眼福」
「何やってたんだよ! もう『婚前式』始まっちまうぞ!」
「ごめんごめん。ちょっと準備に手間取ってさ。でも、もう大丈夫。早速行動を開始するから……ありゃ? 姫ちゃんの姿がないね?」
「ああ、俺も気にはなってたんだが……探しに行きたくても
「まぁ、だったらこれから迎えに行けばいいよ。それじゃあ、みんな後はよろしくね」
「はぁ? 『よろしく』って……何がだよ!?」
「大丈夫大丈夫。後はアドリブで何とかなるから。あ、一つだけ」
「あ?」
「くれぐれも、
「はぁっ!? 意味がわかんねぇよ! おい暁!!」
「ありゃりゃ……行っちゃった」
メルの叫びもむなしく、暁はテーブルを離れツカツカと歩いていくと、亞咬たちのいる壇上の前にやってくる。
突然前に歩み出て来た暁に、亞咬は訝し気な視線を向けた。
「……これは陛下……如何なされましたか?」
問いかけてくる亞咬に対し、暁は穏やかな笑みを見せると、近くのマイクスタンドからマイクを外し手に取る。
そして、改めて壇上の亞咬と緋彩に礼をすると、振り返って会場全体を見渡した。
「えー……本日はお日柄も良くぅ……絶好の『婚前式』日和でございます」
突然スピーチを始めた暁に、会場がにわかにざわつき始める。
明らかに会場全体に動揺が広がる中、暁は淡々と、そしてはっきりと告げた。
「突然ですが、私『灰色の魔王』こと逢真 暁は、この『婚前式』に異議を唱えます」
暁の声が反響し、会場にエコーが響く。
会場のざわつきは、一瞬で引いていった。
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