第201話 談合
「婚前式?」
灰魔館の午後の応接室。
暁は首を傾げて、対面に座る
人の良さそうな笑みを浮かべて、緋彩は頷いた。
「簡単に言えば、婚約発表会みたいなものですかね。紅神家の関係者各位に俺と姫乃さんの婚約を発表する式です。それをもって、俺は晴れて紅神家の一員になれる…………というわけです」
「つまり、正式に『
「そういうわけです」
そう言うと、緋彩はスーツの胸ポケットから何かを取り出す。
取り出されたのは、一つのUSBメモリだった。
「これは?」
「約束していた『黒い目』に関する情報です。俺と陛下の契約は
「…………」
含みのある緋彩の言葉に、暁は眉をひそめる。
それだけが理由ではないが、暁は目の前に置かれたUSBメモリを手に取ると、何も言わず緋彩の前に置いた。
「…………何のつもりです?」
「申し訳ないが、
「…………それはつまり、俺との契約を反故にするということですか?」
今度は、緋彩の方が眉をひそめる。
ここにきてまだ事を突っぱねるのかと、暁の往生際の悪さにあからさまに不快感を示した。
しかし、首を横に振る暁の口からは、別の理由が帰ってきた。
「…………契約は受け入れます。本位である…………とは言えないけれど。だけど、僕には
「資格がない?」
暁の言葉に、緋彩は首を傾げる。
暁は気落ちした様子で、頷いた。
「僕は、貴方との契約のことを姫乃に話しました。僕が『黒い目』の情報を欲していることも…………それを聞いた彼女がどう考え、どう動くか……少し考えれば分かることなのに…………」
「魔王様的には不本意なこの状況は、自らが招いたことだと?」
「問題は僕だけではなく、
暁の言葉を聞いて、緋彩は椅子に深く座り直して少し考える。
少し考えてから、手元に戻されたUSBメモリを再び胸ポケットにしまった。
「難儀なものですね。損をする生き方だ」
「自覚はあります。でも、
「まぁ、気が変わったらいつでも言ってください。お待ちしています。さて…………」
「ん?」
改めて姿勢を正し、椅子に座り直した緋彩が、真っ直ぐ暁を見る。
突然熱い視線を送られた暁は、少したじろいだ様子を見せた。
「なっ何ですか? 急に改まって…………」
「いえ。情報も渡さず、契約した相手に不本意と思わせたままこちらだけ得をする…………というのも気が引けますのでね。よろしければ、ご不満な点を言ってくだされば、少しは改善できるかな…………と」
「………………」
身を乗り出して迫る緋彩に、暁はさらにたじろぎながら後退りする。
しかし、まさか緋彩の口からそんな殊勝な言葉が出てくるとは思わなかった。
暁は動揺しながらも、緋彩の顔を見る。
相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべているが、瞳は真っ直ぐ暁の方に向けられている。
何か裏があるような印象は、少なくとも今の緋彩からは感じ取れなかった。
感じ取れなかったからこそ、暁は正直に話そうと思えた。
半分は確かに当てつけの意図もあるが、残りの半分は純粋な好奇心からだった。
「萌葱さん……貴方はあの亞咬さんが推薦した人材だ。それはわかります。でも…………」
「実際に俺の実力は定かではない…………というわけですか」
「興味があるんです。
「そうですねぇ…………」
緋彩は手で口を覆うと、少し考える。
―――――とその時、突然応接室の扉が開いた。
「暁様」
「ムクロ、まだ大事な話中だ」
「申し訳ありません。ですが、火急の用事とのことですので…………」
そういうと、ムクロは手にしていた子機電話を暁に手渡す。
暁がチラリと緋彩に視線を送ると、緋彩が手で「どうぞ」とジェスチャーをして見せる。
緋彩の動作を確認してから、暁は受話器を耳に当てた。
『魔王か!? 俺だっ!!』
「新妻さん…………悪いけど今は大事な会合中…………」
『無礼も非常識も百も承知だっ! だけど、今はそんなことは言ってられない!! すぐに迎えを寄越すから! 事情はそこで聞いてくれ!!』
「はぁっ!? 新妻さん!!?」
『もう話してる時間がない!! 悪いが切るぞ!!』
「ちょっと!!? 新妻さん!! 新妻さんってば!!!」
暁は受話器に向かって叫ぶが、もう新妻からの返事はない。
返ってくるのは、通話が切れたことを伝える話中音だけだった。
「…………あーもー…………」
暁は悪態をつきながら、子機をムクロに手渡す。
横で通話を聞いていた緋彩は、首を傾げ暁を見た。
「何かトラブルですか?」
「みたいです。萌葱さん、すいません。話の続きはまた後日に…………」
そう言いながら、暁は席を立つと、懐から携帯を取り出す。
そして、しばらく操作していると、ふと手が止まった。
画面に映っているのは、姫乃のアドレスだった。
何の気なしに連絡を入れようとしていた。
もう、連絡をしても仕方がないというのに。
「………………」
「陛下?」
「えっ? あっ…………」
思わず感慨に耽り、動きを止めた暁に、緋彩が声をかける。
そこで、暁はようやく我に帰った。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…………大丈夫です。大丈夫…………」
「陛下、さっきのことなんですが…………」
「へ?」
「よろしければ、此度のトラブルにご同行させていただきたいのですが…………」
「えっ…………?」
「先ほどの陛下がおっしゃっていた、『実力を示せ』という事…………ぜひ証明させてください」
緋彩は、深々と暁に向かって頭を下げる。
軟派な見た目と印象に反した、あまりに真摯な振る舞いに、暁は言葉を窮する。
しかし、暁が同行を承諾するのに、そう時間はかからなかった。
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