第183話 『紅神』の務め
「そうすれば、萌葱も赤の他人ではない。我が一族の一員だ。貴方の言う問題はなくなるでしょう」
「問題だらけでしょう! 第一、肝心の姫乃さんの気持ちはどうなるんですか!?」
「臣下の役目を果たせない、
「え…………?」
「俺も、『
「何…………?」
『
デモニアの各種族を決めるのは、覚醒する『魔核』の形状である。
その中でも、一般的に高位種とされる『竜』や『吸血鬼』の魔核は覚醒し難いとされているのだ。
「魔王様も、『遺伝覚醒』はご存知でしょう?」
「同種のデモニア同士が交配すると、両親と同種のデモニアの子が生まれる確率が極めて高い…………ってヤツですよね?」
「いかにも」
緋彩は大袈裟に拍手をして見せる。
人を小馬鹿にしたような態度に、暁は顔をしかめるが、無視して亞咬の方に視線を向ける。
「先代からの宿願である『人間とデモニアの共存』を掲げる貴方なら、その重要性が分かるでしょう? 日々進歩を続ける人間文明とのパワーバランスを保つためには高位種のデモニアの存在がどれだけ重要か…………」
「それは…………」
うまく言葉を返せず、暁は言い淀む。
その暁の反応が、亞咬の語ることの妥当さを示していた。
「これはデモニア全体の存亡にも関わる。今ここに、若い同高位種のデモニアが二人存在しているという事実。デモニアの未来の礎と成らずして何と成りますか」
「…………『礎』ではなく、『犠牲』ではないんですか?」
「捉え方は様々です。しかし、『紅神』の……デモニアの未来のためともなれば、娘も本望でしょう」
亞咬は、さも当然というふうに隣にいる姫乃に視線を向ける。
しかし、姫乃の思い詰めた表情を見て、何かを察したのか、眉根を寄せる。
「姫乃…………?」
「お父様……私は…………」
「魔王様、申し訳ありませんが少し娘と二人で話をさせてもらいませんか?」
「え……? それは…………」
暁は伺うように、姫乃の顔を見る。
暁と視線を合わせた姫乃は、静かに頷いた。
※
「ふぅ…………」
亞咬は肺に吸い込んだ煙草の煙を大きく吐き出す。
かつて自らの主の愛した中庭に灰色の煙が漂う。
そして、その紫煙の向こうに佇む自らの娘を、亞咬は見つめた。
「私は……臣下を辞めるつもりはありません」
唇を噛み、つぐんでいた口から発せられたのは、亞咬の予想通りの言葉だった。
亞咬は胸ポケットから携帯灰皿を取り出すと、咥えていた煙草を強く押しつける。
その所作には、若干の苛立ちが混じっていた。
「……お前にそんなことを言う権利があると思っているのか?」
「例えなくても……私は言います。臣下を辞めるつもりはないですし、婚約もするつもりはありません」
姫乃は、僅かに震える手を強く握り締めると、亞咬を見つめる。
睨みつけるようにこちらを見る娘に、亞咬は三年前のことを思い出した。
何をするにしても、反抗も懇願もしてこなかった姫乃が、自分から言い出したのが『灰色の魔王』の臣下になることだった。
亞咬としても、姫乃を『魔王の臣下』とするべく厳しく育て上げてきたつもりだ。
時間をかけて、修練を重ねるに重ね、そして、いずれは自然と臣下となり、自分と同じく魔王を支える立場となるだろうと考えていた。
しかし、自らに臣下となることを姫乃が告げた時、亞咬の心に一抹の不安が芽生えた。
亞咬に一抹の不安を抱かせたのは、姫乃が自分に課せられた修練を中途半端に切り上げ、
その時の姫乃らしからぬ異様な焦り様に、亞咬は姫乃の胸の内に『紅神』の務めを果たすために最大の障害になる『ある感情』が芽生えたことを確信した。
「
「お父様…………」
「姫乃、今回全ての件は
「…………はい」
「あれは嘘ではない。だが、全てでもないのだ」
「…………?」
「一番は姫乃、お前のためなんだよ」
「どういう…………意味ですか……?」
亞咬は姫乃の傍に寄り、目の前に立つ。
あまりの威圧感に、姫乃は後退りした。
「お前に……今のお前に果たせるのか? 『紅神』の……真の務めを」
「っ…………!」
「忘れたわけではあるまい。『紅神』の真の務め、『背信の裁き手』としての役割を」
「それ……は…………」
「今のお前に討てるのか? 魔王様を……逢真 暁を。その手で……!」
「私は…………」
姫乃は顔をうつむかせ、再び黙り込む。
二人の間を、一際強い風が吹き抜けていった。
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