第147話 錬金術師の述懐
「…………やっぱり止めよう」
「どうしてだっ! 八重!?」
クロウリーは声を荒げ、平手で机を叩く。
机上に散乱した得体の知れない機器類が更に酷く散らばる。
その有り様は、まるでその机を挟んで対峙する二人の様相を顕しているようだった。
「ナノテクノロジーを利用した成長・復元する人体の形成…………私とお前で作り上げたこの理論は完璧だ! この理論を用いれば、『
「違うんだ…………エルザ」
詰め寄るクロウリーに対し、八重―――――現在の『平賀源内』は力なく首を横に振るばかりだった。
煮え切らない態度を見せる八重に、クロウリーは唇を噛む。
「違うって…………何が違うっていうんだ…………」
「私も……始めは気づいてなかったんだ…………だけど……先生たちを失って…………その寂しさを紛らすように研究を行ったが…………その中で気づいたんだ。ナノテクノロジーの力で成長する……限りなく人間に近い『真なる人造人間』…………『成長する』ってことは肉体を劣化させていくこと……つまり、いずれ『死』が待っている」
「そうだ。私の先代も、源内先生たちも定義していただろう。限りの無い『命』は『命』ではない。『生』と『死』を併せ持った人造人間…………それが『真なる人造人間』だ」
「だからだ。『死』があるということは、いずれ別れる時が来る」
「…………それが理由かっ」
「私は…………もうあの…………失う悲しみに堪えれる自信はない」
八重は力なく
半永久の時を生きる彼女にとって、普通の寿命を持つ者たちとの別れは必然であった。
悠久の時の中で常に
そんな八重に対し、クロウリーは歯痒さを覚える。
親しい者を失う悲しさを知っているのは、彼女も同じだった。
親代わりでもあった祖父を失った彼女には、もう八重だけしかいなかった。
だから、禁断の霊薬にまで手を出し、共に悠久の時を歩むことを選んだというのに…………。
未だ産みの親を失った悲しみに囚われている彼女を見て、自分はその鎖を断ち切るに至らないのかと苛立ちを感じるばかりだった。
「私では…………駄目なのか」
「え…………?」
「私は…………お前の何なんだ!!?」
クロウリーはそう叫ぶと、机上にあった一枚の紙を握り締める。
震える手が握り締めたその紙には、『真なる人造人間計画』という題がつけられ、その横に小さな文字でこう書かれていた。
『共同開発 エルザ・クロウリー 平賀八重』と。
※
「また……か」
林の中を一人歩くクロウリーの脳裏には、かつての記憶が蘇っていた。
遥か昔、友と仲違いをした記憶。
あの時も、自らの激情によって話は拗れ、二人の仲は決裂してしまった。
自分はまた、同じことを繰り返している。
もしかすると、あの『魔王』を名乗る小僧に言われなければ、こうやって気づくことも出来なかったかもしれない。
数百年の時を生きても、自分は全く成長していないことに、冷静になったクロウリーは自嘲の笑みを浮かべた。
実はクロウリーは以前にも一度、第七区を訪れていた。
というのも、元々クロウリーが第七区を訪れようと思った理由は、源内に対する対抗意識でも何でもなかった。
ただ、会いたかった。
また、源内と昔のように共に悠久の時を生きたいという願いだけだった。
しかし、第七区を訪れたクロウリーが見たのは、多くの人に笑顔で囲まれる源内の姿だった。
クロウリーは心のどこかで期待していたのだ。
僅かでもいい。
源内が今でも自分のことを『友』として求め続けてくれていることに。
だが、その期待も遠くから見た今の源内の姿を見て、粉々に打ち砕かれてしまった。
『今』の源内の笑顔に、自分は必要ない。
そう語りかけるに、目の前の光景は十分な説得力を持っていた。
そして、何よりクロウリーが許せなかったのが、源内の傍にいたふらんの存在だった。
ふらんを一目見た時、クロウリーはすぐに気づいた。
彼女が、自分たちの考えた『真なる人造人間』の理論を利用して造られた人造人間だと。
あれだけ拒絶し、自分たちの仲違いのきっかけともいえる研究を一人で進めていたこと。
クロウリーはそれだけは許すことが出来なかった。
だから、クロウリーも自らの力だけで『イヴ』を生み出したのだ。
『今』の源内の全てを否定する。
クロウリーが自分自身を保つためには、最早それだけしかなかった。
クロウリーは足を止める。
元は源内に対抗するために『イヴ』を作り上げた。
純粋な研究意欲の産物とは言い難いが、それでも自身の誇りを注いで作り上げた最高傑作に他ならなかった。
そして何より、自ら断ち切ったはずの源内との繋がりの中で唯一残ったのが、『真なる人造人間』の研究だけのようが気がした。
今、自分はそのか細い繋がりすらも、断ち切ろうとしている。
そんな幾多の思いが、クロウリーの足を止めたのだ。
「クソッ…………!」
クロウリーは止めた足を再び前に進める。
しかし、今度は屋敷から離れていくことはない。
その足取りに、先程までの弱々しさはない。
傲慢さすら感じさせる、途方もない
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