第125話 左腕
「っっっっっっっっっっっっ!!!!」
引き千切れんばかりに噛み締められたハンカチがギチギチと繊維の悲鳴を上げる。
あまりの痛みに暁の膝は折れ、地面に擦りつけるかのように
切断された左腕が地面に落ちると同時に、姫乃が真っ先に我に帰る。
そこから姫乃の行動は素早かった。
指先から血糸を伸ばすと、すぐに暁の左脇下、上腕部分に力強く巻きつけた。
血糸が巻きついた衝撃で、切断面から僅かな鮮血が零れる。
しかし、姫乃の迅速な止血のおかげでそれ以上の出血はなかった。
「ぐうぅぁあっ……ああっ……あああっっっ!!」
「この馬鹿者っ!! どういうつもりだ!!?」
「…………っしょ…………さ…………」
「何?」
舌噛み防止のために噛んでいたハンカチを口から放し、痛みを堪えながら暁は言葉を絞り出す。
凄絶な痛みで回らない舌を動かして、暁は必死に言葉を紡いだ。
「代償…………なんだ…………」
「何だって…………?」
「ここに向かう間も…………戦っている間も…………ずっと考えてた。
「暁…………お前…………」
「『
暁は顎で切断した自分の左腕を指し示す。
斬り飛ばされた左腕の手の甲には、魔王の証である灰色の紋章がにわかに輝いていた。
マルキダエルと、支えられながら体を起こしたレナスは、その紋章の輝きと暁の顔を交互に見た。
「僕は…………『灰色の魔王』は、この腕を持って彼女…………カイル・リデルの第七区での保護を申し立てる」
「何だとっ!?」
「っっ!?」
レナスとマルキダエルの二人が眉間に皺を寄せる。
暁は構わず、言葉を続けた。
「危険は……十分承知の上だ。彼女の監視と管理は僕たちが責任を持って行う。もし、何かが行った時は僕自ら彼女の
「…………我々にその条件を飲めと?」
「そうだ。この左腕はそのための代償だ。僕は曲がりなりにも魔王だからね。その魔王相手に片腕を奪った上に、大きな
暁は力のない笑みを二人に向ける。
その笑みに対して、マルキダエルは口をつぐんだ。
確かに、暁の言う通りだった。
危険極まりない
それが、自分たちにどれ程有益であるか想像に難くない。
事が起これば起こったで、王都を攻める大義名分にもなるだろう。
『星痕騎士団』にとってこれほどの益はない。
自分たちも、確かに任務は成功とは言えないが、失敗とも言えない状況になる。
考えれば考えるだけ、自分たちに有利な申し出である。
しかし…………。
「ふざ…………ける……なっ…………!!」
レナスが呻くような声で吐き捨てる。
言葉と共に咳き込んだレナスの口から血の飛沫が飛散した。
マルキダエルは前屈みに倒れそうになるレナスを慌てて支えた。
「俺たちは…………いや俺は、敗北したっ…………! お前にっ…………! それが事実っ! 情けは……必要ない!! 余計な情けをかけられるくらいならば…………俺は死を選ぶ!!」
そう、きっと許さないだろう。
我々は、自分自身を許すことが出来ないのだ。
マルキダエルは息も絶え絶えの様子で尚も歯を噛み締めるレナスを見て、同様の気持ちを抱いていることを自覚した。
「ガキのことは…………好きにしろ。お前が勝者なんだからな…………。だが! 俺は……俺の命はお前の指図を絶対に受けない! 絶対にだっ!!」
「…………レナス」
マルキダエルは未だ炎の消えないレナスの瞳を見て、頷く。
そして、改めて暁の方に向き直った。
「聞いての通りです。貴方の申し出、大変魅力的だ…………ですが、『星痕騎士団』が重視するのは利ではなく誇りです。我々はそれだけは失ってはいけない。例え、代わりに命を失っても」
マルキダエルの真剣な目に、暁は言葉を失う。
『誇り』という枷の大きさは、暁も重々分かっている。
彼らの行動原理がそこに帰着するのであれば、どんな説得の言葉も無用だ。
やはり、誰も犠牲にならない解決は望めないのかと暁の頭の中に浮かんだその時だった。
「でも、その『誇り』で自らの腕を切り落とすまでした者の意を無下にするのは考えものね」
「…………誰だっ!?」
突然、聞き慣れない声が介入して来たことに一同は驚き、声のする方を見る。
その場にいる全員の視線が河川敷に下る石階段に立つ人物に注がれた。
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