第122話 暗闇の記憶
男たちがその部屋に足を踏み入れた時、全員が部屋に充満する異臭に顔をしかめた。
男たちは『
そして、今彼らが足を踏み入れたのは、そのデモニア集団のアジトのとある一室である。
デモニアたちを殲滅した男たちが、他に生き残りがいないかとアジト内を探索している時に見つけたのがその部屋だった。
「酷い臭いだ……一体何なんだこの部屋は?」
「見ろ」
鼻先をつまみながら部屋を見回す男に、仲間の一人が床に落ちていたものを拾ってみせる。
それを見て、男はより一層眉間に皺を寄せた。
「腕…………か」
「腕だけじゃない。足に頭、他にも腐って朽ちかけてるものがゴロゴロしてる。行方不明になっていた人たちで間違いないだろう」
「こんな狭い部屋に閉じ込めて、御主人様
「家畜ならまだいいさ。少なくとも、家畜は飢え死にすることはない」
男は比較的肉が残っている死体を見ながら、忌々しげに呟く。
痩せ細った筋肉に、僅かに薄皮だけが残る死体。
後で身元を調べると、三十代の男性であることがわかった。
他の死体にも共通していえることだが、彼らは食物を全く与えられず、ほとんどが餓死していた。
彼らはこの場所で生き物としてではなくただの『愛玩道具』、『消耗品』としてしか扱われていなかった。
「ん?」
男が、ふと部屋の暗がりに目をやると、その中でモゾモゾと蠢く影を見つける。
他の団員たちも気づいたのか、すぐに警戒の構えを見せた。
「誰だ!? そこにいるのは!?」
団員の問いかけに答えるかのように、フラフラと覚束ない足取りで、小さな影が暗がりから出てくる。
現れたのは、非常に痩せ細った四、五歳頃の幼子だった。
「生き残り…………君! 大丈夫か!?」
幼子の姿を見た団員の一人が、すぐに駆け寄る。
その触れただけでも折れてしまいそうなか細い肩を団員が抱いた時、幼子が手にしているものを目にして団員は目を見開いた。
細く、僅かに腐った屍肉が残る人の腕。
しかも、その腕にはちょうど小さい子どもがかじったような歯形がいくつも残っていた。
「君は…………まさか…………」
男は声を震わせながら、子どもの顔を見る。
虚ろで、全く生気を感じさせない瞳。
その瞳を見た瞬間、男は幼子を強く抱き締めていた。
これも後に分かったことだが、その子が持っていた腕は自分の父親のものであり、同じようにかじられた痕のある母親の死体もあった。
今から、十二年前のことである。
※
その暗闇に閉じ込められた時、父も母も俺を抱いて祈り続けていた。
何に祈っているのかは、幼かった俺には分からなかったが、恐らく『神様』という類いのモノに祈っていたのだろう。
俺たちより前にこの暗闇の中に閉じ込められたであろう
しかし、両親の祈りに対して『神様』は救いの手を差し伸べることはなく、両親の祈りは時折小さな窓から俺たちの様子を観察しにくる化け物たちの嘲笑を誘うだけだった。
祈っていた母が死んだ時、化け物たちは笑いながらその遺体を食すよう促した。
俺という存在を守るために、父は泣きながら母の屍肉にかじりついた。
父は嫌がる俺の口の中に、無理矢理母の腕をくわえさせた。
そうしなければ、親子揃って殺されていただろう。
その様子に満足したのか、化け物たちは笑いながら喜んだ。
やがて、弱っていた父も死に、化け物たちは今度は俺に父の屍肉すら食すよう言った。
倫理観も明確でない幼い子どもだった俺は、母の肉を食べたことも相まって、その時には完全に壊れていた。
父の屍肉を喰らいながら、俺は祈っていた。
最早、『神様』に祈っていたのかすら分からないが、俺はずっと
この暗闇から助け出して――――――――と。
ある日、父の腐った肉を貪っている時、暗闇に光が差した。
ついに、祈りが通じた瞬間だった。
だが、俺を救い出したのは『神様』ではなかった。
化け物たちの返り血を浴び、全身に血の匂いを漂わせた男たちだった。
その男たちの一人に抱き締められた時、俺は悟った。
人を救えるのは、決して『神様』などではないことを。
血の匂いを漂わせた『人間』であることを。
そして、俺は誓った。
俺もそうなろうと。
俺と俺の両親の命を弄んだ化け物共の手から人々を救う、血の匂いを漂わせた『人間』になろうと。
そう誓った俺は化け物共を殺す術を死に物狂いで身につけた。
そして、化け物共の血を浴びに浴びた。
十数年後には、俺は俺を救った男たちと同じ血の匂いを体に染み着かせていた。
俺はこれからも化け物共を…………デモニア共を殺し続ける。
血の匂いのする『人間』――――――レナス・プリンシパリティーズで在り続けるために。
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