第94話 混迷
神呼山の入り口に位置する石段の前では、十数人の黒装束の男たちを取り囲むように多数の屋敷の人狼たちが集まっていた。
死なないまでも、再起不能になるまで人狼の群れに叩きのめされた黒装束の男たちは、完全に戦意喪失しており、今も項垂れた状態で囲まれていた。
「侵入者ですって!?」
そんな場に、暦が血相を変えて現れる。
慌てた様子で現れた暦に、人狼たちは佇まいを直す。
暦は男たちを睨み付けると、ツカツカと近づいていき、項垂れる男の一人の胸ぐらを掴んで片腕で引き上げた。
自分よりも頭二つ分ほども違う小柄な暦に高々と持ち上げられ男は、恐怖と苦しさでうめき声を上げる。
「誰の差し金? 隠すとためにならないわよ」
男は涙で霞む視界で眼下にある暦の顔を見る。
獣のように小さくなった半円の瞳孔は、暦の言葉に一切の誇張がないこと如実に物語っている。
男は背筋に冷水を注がれたような怖気が走るのを感じた。
恐怖でうまく動かない唇を必死に動かし、男は暦の問いに答える。
「おっ…………俺たちはただ依頼されただけだ! この里を襲えって…………今なら大事な儀式が行われているから容易に人狼を狩ることができる、ハンターとして名を上げるチャンスだって…………なのに来てみたらこんな大勢の人狼がいるなんて…………話が違う!!」
「なんですって…………!? 誰がそんな依頼をしたの!? 名を教えなさい!!」
「しっ…………知らねえよ! ただ、この稼業を始めてからずっと仕事を斡旋してくれていたヤツだ! 名は知らねえ!!」
「ちっ…………!」
暦は小さく舌打ちをする。
すると、男たちを取り囲んでいた人狼たちが、唸り声を出しながら、じわりじわりと男たちに近づいてくる。
その様子を見た男たちは肩身を寄せて、縮こまった。
暦に引き上げられた男も、体を揺らして必死に弁明する。
「ほっ本当だ! 本当に顔も名前も知らないんだ!! いつもメールでやり取りしてたんだ!!」
「お前たちは顔も知らないヤツの情報を鵜呑みにしていた…………そんなことを信じろと?」
「だって…………仕方ないだろ!! 俺たち
ほとんど泣いているような声で、男は暦に訴えかける。
男の表情や声色から、男の話が嘘ではないことを暦は理解した。
暦は男から手を離す。
男は地面に落とされると、情けない声を出しながら後退りして暦から離れた。
この男やその仲間たちの様子をよく見ると、確かに対デモニアの装備は一通り揃えているようだが、その雰囲気や振る舞いはどう見ても素人に毛が生えた程度のものだ。
とても四大家の一つである狼森家を狙うような連中には見えない。
しかも、この言動を見るにそもそも狼森家自体知らないようなモグリであるようだった。
(こんな素人同然の連中に
そこまで考えていた暦はハッとして周囲を見回す。
見回して、こんな時に必ずいるはずの人物が二人もいないことに暦は気づいた。
「誰か、睦は見なかった?」
「睦様ですか? いえ…………恐らく『封身の儀』に立ち会っているのでは?」
「…………では、たまは?」
暦の問いかけに、周囲の者たちは皆一様に首を横に振る。
『封身の儀』が行われているその最中に侵入者があったというのに、一族本家の長男と一番の古株が顔を出さない。
そのことに、暦はとてつもない違和感と嫌な予感を感じ取った。
「…………まさかっ!?」
暦は振り返り、履いていた草履を脱ぎ捨てると、凄まじい勢いで頂上に続く石段を駆け登り始める。
周りの者たちは当主の突然の行動に驚いたが、すぐに互いに視線で示し合わせると、侵入者の見張りをする者たちを残し、幾人かの者たちが急いでその後を追った。
※
「ぐぅっ………………!!」
暁は苦悶の表情を浮かべて、左肩に食い込む牙の痛みに堪える。
口元を暁の鮮血で赤く染めた睦は、さらに深く自らの牙を突き立てる。
加えて右肩を貫く爪も、手首を捻ってさらに傷口を広げた。
すると、暁の口からたまらず悲痛な声が出る。
「がああぁぁああぁぁっっっ!!」
暁の叫びが祠の中で反響し、音の余韻を残す。
暁は気絶しそうなほどの痛みを感じながらも、その手を神無に翳し、『封身の儀』を続けていた。
その様子に、たまは思わず感嘆する。
「…………大したものですな。
「たっ…………たま…………さ……ん………………」
暁は息も絶え絶えに、視線だけをたまに向ける。
睦越しに見える一匹の年老いた狼からは、何故かこちらに哀れみの感情を向けているように感じられた。
「あなたも…………グルだったんだな…………」
「申し訳ありません魔王様。あなたには
「礎…………?」
「どうか抵抗をされないでください。私どもとしても、これ以上無駄に苦しませたくはない」
「なんでだ…………? あなたも睦さんも…………神無のことを大切に…………愛してくれていた…………なのになぜ…………!」
「
「どういう…………ことだ…………?」
たまは、苦々しい様子で眉間に皺を寄せる。
そして、大きく裂けた口を小さく開いて、ポツリと語り出した。
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