第77話 水神の湯
「さ、ここが『水神の湯』になりまーす」
暁が指し示す先にある建物を一堂が見る。
『ゆ』と大きく描かれた暖簾に、瓦屋根の木造建築。
よく言えば昔ながらの風情のある、悪く言えばボロっちい建物が面を構えていた。
この辺りは第七区でも一昔前の町並みを今に残しており、周囲の建物も同じような古めかしいものが軒を連ねていた。
ここに来る前に暁からある程度古い場所だということは聞いていたが、予想以上の古さに全員が不安げな顔をする。
「なあ暁、本当にここは営業しているのか?」
「大丈夫大丈夫。見た目は良くないけど、ここの湯加減は保証するよ」
「銭湯かぁ…………私初めてだから何か緊張しちゃうな」
暁がみんなに提案したこととは『銭湯に行くのはどうか』ということだった。
最初は暁からの提案ということもあり、難色を示した姫乃だったが、他のみんなの『風呂に入れれば何でもいい』という意見に押され、こうしてやって来ていた。
しかも、今回はさらに新しい顔が増えている。
「この街にも銭湯って残ってたんですね。初めて知りました」
「でも、良かったんですか? 自分たちまでご一緒してしまって…………」
銭湯の物珍しさに感心する志歩と、自らの場違い感で申し訳なさそうな顔をする
そんな二人を誘った張本人である神無は、無邪気な笑みを浮かべて二人の肩を叩く。
「いーのいーの! せっかく大きなお風呂に入るんだから、大勢の方が楽しいよ!」
「ちなみにその入湯料を負担するのは僕なんだけどね…………」
「それくらい当然だろ」
そんなやり取りをしていると、暖簾の奥から人影が現れる。
背が低く、かなり年配の男だった。
男の腰は、その命を長年支え続けたためか深く折れ曲がり、それだけで年季の深さを物語っているようだった。
さらに特徴的なのがその頭部で、一見白髪ながら大量の毛が生え揃っているように見えるが、登頂部は見事に禿げ上がり、鏡のように磨き上げられた頭皮が輝いていた。
「こんばんは『
暁は現れた老人に、笑顔を見せる。
『湯々爺』と呼ばれた老人は、皺だらけの頬にさらに皺を寄せて笑みを浮かべる。
「いやいや、王子が久方ぶりにいらっしゃるとのことで、今日の湯は格別の湯加減にしております。どうぞごゆっくりなされてください」
「暁、知り合いなのか?」
やけに親しげに話す二人の様子を見て、姫乃は首を傾げる。
暁は、改めてみんなに湯々爺を紹介する。
「ああ。この人は『湯々爺』って言って、この銭湯の主だよ。小さい頃はよくこの銭湯に父さんと入りに来てね。その時から世話になってたんだ」
「先代様が亡くなられてからは、めっきり足を運ばれなくなって、
「悪かったね。僕の方も結構バタバタしてたから中々顔を出せなくてさ…………」
「しかし、今日王子…………いや、魔王様の顔を見て安心しました。先代様が亡くなってどうされているか心配だったのですが、元気にされているようで何よりです。それに、こんなにたくさんのお連れ様がいらっしゃるようで嬉しい限りです」
「心配かけたね。ごめんよ湯々爺」
「いえいえ、そんな謝らないでください。ただのじじいの心配性とお節介ですから」
そんな風に笑い合う二人を見て、姫乃も安心する。
暁がまた良からぬことでも考えているのではないかという危惧もあったのだが、それ以上に暁のことを真剣に心配してくれている人が他にも居たことに安心していた。
そんな姫乃の心情も露知らず、暁は
そんな二人を見て、ふとふらんが疑問をこぼす。
「湯々爺さんってデモニアなんですよね?」
ふらんの問いかけに、湯々爺はにこやかに頷く。
「はい。私は『カッパ』のデモニアです」
「見た目通りでしょ?」
「暁ちゃんそれって失礼じゃ…………!」
暁が湯々爺の登頂部を撫でながら、そんなことを宣うものだから、ふらんは慌てる。
しかし、湯々爺はそんなことを気にする様子もなく、人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「いいんですよ。昔から私が魔王様に言ってきたことですから。『カッパだからこんな頭をしてる』とね」
「まぁ、頭は関係ないけど、湯々爺は『カッパ』のデモニアだけあって、水のことは何でもござれさ。だから、そんな湯々爺がこだわり抜いた水を使ってるこの銭湯の気持ち良さは信頼していいよ」
「そういうわけです。ささ、ここで長話していてもなんですから、どうぞ自慢の湯をご堪能ください」
「よぉし! 入ろう入ろう!」
「あの…………自分は逢真くんと男湯に…………」
「いや、澪夢ちゃんは
「うぅ…………」
湯々爺に促され、女性陣は連れ立って女湯に入っていく。
ふと、姫乃が最後に中に入ろうとすると、暁が一向に男湯に入ろうとする素振りを見せないことに気がついた。
「暁、入らないのか?」
姫乃は不思議そうに暁に尋ねると、暁は「うん」と頷く。
「僕はもう少し湯々爺と話してから入るよ。先に入ってて」
そう言って手を振る暁に、姫乃は「わかった」と頷き、暖簾をくぐっていく。
姫乃が入り口の戸を閉めると、暁は振っていた手をピタリと止めた。
「…………連絡をいただいていた通り、中々に粒揃いでございますな」
暁の背後で、湯々爺がほくそ笑む。
今までの好々爺然とした笑みとは真逆の邪な笑みだった。
そんな湯々爺に対し、暁も同じような笑みを返す。
「だろ? 久しぶりに湯々爺の血も滾っているんじゃないかい?」
暁の問いかけに、湯々爺はカラカラと笑い声を上げる。
まるで妖怪が笑っているような声だ。
「まったくですじゃ。この銭湯に来る客といえば、じじいやババアばかり。久しく若い
「ふっ…………気が早いぞ湯々爺。感謝は彼女たちの柔肌をしかと堪能してからだっ!」
そう言うと、暁と湯々爺は銭湯の入り口の前に並び立つ。
姫乃たちは知らない。
確かに暁が銭湯に入りに来るのは久しぶりだが、湯々爺とは頻繁に連絡を取り合っていたことを。
そして、この二人がエロの絆で深く結びついたエロ
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