第76話 提案

「というわけで、外壁と給湯器の修理のためしばらく浴場は使用不可になります」


 翌日、淡々とムクロから告げられた事に、女性陣から一様に大きなため息が漏れる。

 こめかみを押さえた姫乃は苦々しい表情でムクロに尋ねる。


「修理にはどのくらいかかりそうなんですか?」


業者カーペンターズの話では、修理自体は一日で済むそうですが、先客があるそうなので作業は明日になるそうです」


「じゃあ…………今晩はお風呂なし?」


 ふらんの呟きに、全員から再び大きなため息が漏れる。

 そんな中、メルは申し訳なさそうに項垂れていた。


「ごめん…………つい、力が入り過ぎちまって…………」


「もう済んだことだ。気にするな」


 落ち込むメルを慰めるように姫乃はその頭を撫でる。

 姫乃はムクロの方に視線を向け、再度尋ねる。


「とりあえずムクロさん、大きめの石材をいくつか調達はできない?」


「それは可能ですが…………姫乃様、もう十分ではないですか?」


 ムクロは眼球のない目で部屋の隅にいる館の主を見る。

 館の主である暁は、縄で後ろ手を縛られた状態で正座していた。

 その太ももの上には大きな長方形の石が積まれている。

 さながら、時代劇でよく見るような『石抱いしだき』の拷問のようだった。

 そんな格好でさめざめと泣く主を、ムクロはうろの中から哀れみの視線を向けるばかりだった。


「いや、まだ足りません。足が潰れるくらい積まないと」


「ちょっと待って! 何で僕だけこんなお仕置きをされてるの!? 実際に壁とか壊したのはメルちゃんじゃ…………」


「あぁ?」


「…………何でもないです…………すいませんでした…………」


 今にも殺しにかかってきそうな姫乃の視線に、暁は目を背ける。

 そのやり取りを見て、メルは呆れた顔をする。


「てめぇもこれだけされてて何で懲りないかね…………」


「やばいと思ったが、性欲を抑えきれなかった」


「ほざけ」


 どこかで聞いたような台詞を吐く暁を、姫乃は一言で切り捨てた。

 そんな二人を見て、神無は口を『3』にする。


「でも、そんなに暁ちゃんに覗かれたくなければ、いっそのこといっしょに入っちゃえば良くない?」


「それじゃ本末転倒だろ」


「僕は良い考えだと思うけど?」


「…………」


「ごめんなさいもう何も言いませんからそんな目で睨まないで」


 眼光だけで暁を黙らせると、姫乃は再び頭を抱えた。


「しかし参ったな…………一晩とはいえ、蒸し暑くなってきたこの時期にお風呂に入れないのはな…………」


「水浴びする?」


「まだ流石にそれは風邪引いちゃうよ…………」


 皆がウンウンと思案に暮れていると、事の元凶である男が小さい声で「あのぉ…………」とみんなに声をかける。


「僕から一つ提案があるんだけど…………」


「ちょっと待て、ムクロさん石の追加は…………」


「違う違う! 真面目な提案!! 至って真面目な提案です!!」


 暁が体を揺らし慌てると、膝の上に積まれた石がガタガタと音を立てる。

 姫乃は石の上に足を乗せて、その音を止めた。


「じゃあ、言ってみろ。一言一句に細心の注意を払って発言しろよ」


「マジで裁判みたいじゃないか」


 軽く増した石の重みに、暁は顔をしかめる。

 しかし、暁はそれに耐え、口を開いた。


「いや、久しぶりにに行こうかと思うんだけど…………」


?」


 暁の意味深な言葉に、姫乃は訝しげな表情で首を傾げる。

 他の全員も、首を傾げ互いに顔を見合わせるのだった。

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