第75話 男は諦めの悪い生き物

 神無の提案で始まった風呂女子会。

 その会場である浴室からは、少女たちの声が反響し、かしましく聞こえる。

 その少女たちの声を薄暗い夜闇の中、息を潜めて暁は聞いていた。

 姫乃に折檻されたのち、巻きにされ外に放り出された暁だったが、以前から練習していた縄抜けを使って脱出し、傷だらけの体を引きずって浴室の裏手に回っていた。

 暁は頭上にある浴室の天窓を見上げる。

 浴室に唯一存在するその窓からは、温かい光と湯気が漏れ、男を誘う少女たちの笑い声が聞こえる。

 その光と声に、暁は鼻息を荒くしてフラフラと近づいた。

 その姿は、誘蛾灯に寄っていく虫に似ていた。

 天窓の直下に立つと、暁は遥か高みにある天国への入り口を仰ぎ見た。


(姫ちゃん…………僕がそう簡単に諦めるとでも思ったのかい? 残念だったね…………男とは、得てして諦めの悪い生き物なのだよ)


 引っ掻き傷だらけの顔に邪な笑みを浮かべ、暁は物置小屋から引っ張り出してきた梯子を壁にかける。

 彼女たちは邪魔者を排除して、安心しきっている。

 無防備に開け放たれた天窓がその証拠だ。

 だからこそ、暁にとって今が千載一遇のチャンスだった。


(さてさて~♪ それでは楽しませてもらいましょうかねぇ)


 音を立てぬようにゆっくりと、だが軽やかに暁は梯子を登っていく。

 そして、暁が天窓の縁に手をかけた瞬間だった。


「ばるっっっっ!!!」


 暁は奇声を上げ、一回大きく痙攣すると、硬直したまま地面に落下する。

 体を強く地面に打ち付けた暁はあまりの痛みに悶えた。


「なっ…………なに……が…………」


 痛む腰と痺れる全身に、暁は自分の身に何が起こったのかわらかなかった。

 混乱する暁に、天窓の向こうから姫乃の声が聞こえる。


『窓の縁にはムクロさんにお願いして高圧電流が流れてるから下手に触らない方がいいぞー』


「くそっ…………そういうことかっ…………!」


 暁は生まれたての小鹿のように足を震わせ、何とか立ち上がる。

 まさか既に暁の行動を見越して対策をとっているとは、暁も思いもよらなかった。

 だから、天窓も無防備に開け放たれていたのだ。


「中々やってくれるじゃないか…………だがっ!」


 暁は立ち上がると、再び梯子に掴まる。

 そして、一目散に天窓に向かってかけ登り始めた。


「僕に手の内を明かしたのは悪手だったな! 心頭滅却すれば火もまた涼し!! 覚悟を決めれば高圧電流なんぞ屁でもないわ!!」


 暁は力強く天窓の縁を掴む。

 再び、暁の全身に激痛と痺れ、焼けるような熱が一気に襲いかかる。

 暁は痙攣する筋肉を無理矢理抑えつけ、天窓から離れそうになる手に力を込めた。


「あががががががっっっっ! まままままま魔おおおおおおお王ををををををなななな嘗めるるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅなななななよううううぅぅぅぅ!!!!」


 暁は今までにないほどの気迫と、常人離れした精神力で電流に耐える。

 暁は窓の縁を掴む手に力を込めて勢いよく窓から身を乗り出す。

 暁の上半身が浴室に入り、いよいよ極楽の風景をその網膜に焼き付けようと顔を上げた瞬間だった。


「覗くんじゃねぇよっ!!」


「えっ?」


 暁の目に映ったのは、姫乃の豊満な肢体でも、神無の健康的な褐色ボディでも、ふらんの少女然としたスレンダーボディでも、メルの陶磁器のような美肌でもない。

 眩いほどの光と、高圧電流の痛みすら吹き飛ばすほどの熱線だった。

 のちに暁は、その時自分がメルの放った息吹ブレスで浴室の壁ごと吹き飛ばされたことを知るのだった。

 ちなみに余談だが、灰魔館から伸びる一筋の閃光を見た近所住民の間では、『灰魔館では良からぬ科学実験が行われている』という噂がしばらく流れることとなった。

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