第七章 ドラゴンⅡ

第64話 メル・レクスレッドの独白

 俺が第七区へ……『灰色の魔王』の弟子魔王シューラーになって一週間が経った。

 最初はいきなり「僕の弟子になりました」と言われ驚き戸惑ったが、俺が魔王になるために足りないものを学ぶためと思い受け入れた。

 我ながらずいぶん素直に事を受け入れたと思う。

 まぁ俺は負け、アイツは勝った。

 その事実は変わらないので、自分なりに心の整理がつきやすやったのかもしれない。

 それより何より、アイツは俺のために命をかけてくれた。

 その事に対して、俺も思うことがないわけではない。

 本当の『魔王』とは何か。

 それをアイツから学ぶために、今俺はここにいる。

 しかし…………。


「『汚物』が逃げた! あっち!! 追えー!!」


「きゃああぁぁぁ! 服だけ残して逃げた!!」


「最悪! 死ね!!」


「諸君! まずは話し合いから始めよう! 人類はそのための叡智えいちと愛を持っているはずだっ!!」


「覗き野郎が愛を語るな! 早く!! 誰か会長を呼んできて!!」


 半裸で逃げ回る師匠であるはずの『魔王』を見て、俺は若干後悔し始めていた。



 ※



 俺は『灰色の魔王』の勧めで、七生学園という高校に通うこととなった。

 曰く、「君が学ぶためには学校に通うことが一番」だとのことだが…………。


「どうだい学校は? もう馴れたかい?」


「いや、そんな状態で普通に話しかけられてもな……」


 軒下で逆さ釣りにされている逢真は「いつものことだから気にしないで」と笑顔で返す。

 いつものこと……?

 逢真は「で、どうなの?」と改めて俺に問う。

 しかし、その質問に対して俺は答えあぐねていた。

 第一区にいた頃はほとんど学校に通わず、一人で修行ばかりをしていたからか、学校に通うこと自体はなんとも新鮮な感じがした。

 ここは色んな『匂い』がする。

 人間の匂いはもちろん、デモニアの匂いも。

 色んな匂いが混ざり合い、独特な匂いが充満している。

 しかし、その匂いも不快ではない。

 不快ではないのだが、一つ気になることがあった。


「なぁ…………」


「ん?」


「俺は……『おかしい』か?」


「え?」


「俺は『変』なのか?」


「どういうこと?」


 逆さ釣りの逢真は首を傾げる。

 俺が詳しく事情を話そうとしたその時だった。


「ほう……反省もせずにずいぶんのんびりと話をしているようだな。まだ絞め方が足りなかったか?」


「いっ…………姫ちゃん……」


 逢真の吊るされている背後の窓から、青筋を浮かべた紅神が逢真を睨みつけていた。

 逢真は明らかに焦りながら、器用に体を揺らして背後にいる紅神の方を向く。


「まったく……いいかげん疲れてきたな。お前をこうやって吊るすのも」


「そりゃあ大変だ。マンネリは倦怠期の原因になる。僕らの関係にヒビが…………」


「ほざけ。ん? メルもいたのか」


「…………」


 紅神は俺の方を見る。

 話す機会を逃した俺は二人に背を向け、その場を離れる。

 背後で紅神が何か言っているようだが、俺はそれを無視した。

 …………違う。

 無視をしたんじゃない。

 どんな顔をして、何を言えばいいのかわからなかっただけだ。

 紅神にだけじゃない。

 俺は、俺以外のヤツらとどう接すればいいのか分からなかった。



 ※



「あ…………メル! ちょっと…………!!」


 姫乃はメルを引き止めるが、メルはそれを無視して足早に去っていってしまった。

 小さくなっていくメルの背中を見つめ、姫乃はため息をつく。

 メルと共に生活を始めて一週間経つが、ずっとこの調子なのだ。

 姫乃に対してだけではない。

 メルはほとんどの人に対して、どこか距離をおいていた。

 確かに初対面は良かったとは言い難いが、同じ屋根の下で共に生活する仲になったのだから、姫乃もみんなも歩み寄りたいと思っている。

 しかし、歩み寄ろうとすればするほど、メルは離れてしまう。

 そのことに、姫乃は頭を抱えていた。


「……どうしたものか」


「何がだい?」


「メルのことさ。どうやったら彼女は心を開いてくれるんだろうか」


「そんなの悩むだけ損だよ。他者に対して心を開くっていうことは簡単なようで難しい。今までほとんど一人で過ごしてきた彼女にしてみれば尚更さ」


「それはそうだが…………」


「心配なのもわかるけど、これはメルが『魔王』になるためには大切なことだ。だからこそ、彼女自身が変わらなくてはいけない。そうじゃなきゃ、学校に通わせた意味がない。今は見守るだけさ」


「…………わかったよ」


 暁は「わかればよろしい」と言って、笑みを浮かべる。

 そんな暁に対し、姫乃は急に冷めた視線を向ける。

 姫乃からの冷ややかな視線に、暁も気づいた。


「何だいその視線は?」


「…………私としてはお前にも『変わって』欲しいと思っているんだが……」


「なんで? 僕なんて非の打ち所がないじゃないか」


「それを本気で言っているのなら、逆さ釣り三時間追加だ」


「あぁ! 待って姫ちゃん! 変わる変わる! 超変わるから!! だからもう下ろして!!」


 ミノムシのように揺れながら、暁は姫乃を必死に引き止める。

 その姿が面白いので、姫乃はもうしばらくこのままにしようと無言で考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る