第七章 ドラゴンⅡ
第64話 メル・レクスレッドの独白
俺が第七区へ……『灰色の魔王』の
最初はいきなり「僕の弟子になりました」と言われ驚き戸惑ったが、俺が魔王になるために足りないものを学ぶためと思い受け入れた。
我ながらずいぶん素直に事を受け入れたと思う。
まぁ俺は負け、
その事実は変わらないので、自分なりに心の整理がつきやすやったのかもしれない。
それより何より、アイツは俺のために命をかけてくれた。
その事に対して、俺も思うことがないわけではない。
本当の『魔王』とは何か。
それをアイツから学ぶために、今俺はここにいる。
しかし…………。
「『汚物』が逃げた! あっち!! 追えー!!」
「きゃああぁぁぁ! 服だけ残して逃げた!!」
「最悪! 死ね!!」
「諸君! まずは話し合いから始めよう! 人類はそのための
「覗き野郎が愛を語るな! 早く!! 誰か会長を呼んできて!!」
半裸で逃げ回る師匠であるはずの『魔王』を見て、俺は若干後悔し始めていた。
※
俺は『灰色の魔王』の勧めで、七生学園という高校に通うこととなった。
曰く、「君が学ぶためには学校に通うことが一番」だとのことだが…………。
「どうだい学校は? もう馴れたかい?」
「いや、そんな状態で普通に話しかけられてもな……」
軒下で逆さ釣りにされている逢真は「いつものことだから気にしないで」と笑顔で返す。
いつものこと……?
逢真は「で、どうなの?」と改めて俺に問う。
しかし、その質問に対して俺は答えあぐねていた。
第一区にいた頃はほとんど学校に通わず、一人で修行ばかりをしていたからか、学校に通うこと自体はなんとも新鮮な感じがした。
ここは色んな『匂い』がする。
人間の匂いはもちろん、デモニアの匂いも。
色んな匂いが混ざり合い、独特な匂いが充満している。
しかし、その匂いも不快ではない。
不快ではないのだが、一つ気になることがあった。
「なぁ…………」
「ん?」
「俺は……『おかしい』か?」
「え?」
「俺は『変』なのか?」
「どういうこと?」
逆さ釣りの逢真は首を傾げる。
俺が詳しく事情を話そうとしたその時だった。
「ほう……反省もせずにずいぶんのんびりと話をしているようだな。まだ絞め方が足りなかったか?」
「いっ…………姫ちゃん……」
逢真の吊るされている背後の窓から、青筋を浮かべた紅神が逢真を睨みつけていた。
逢真は明らかに焦りながら、器用に体を揺らして背後にいる紅神の方を向く。
「まったく……いいかげん疲れてきたな。お前をこうやって吊るすのも」
「そりゃあ大変だ。マンネリは倦怠期の原因になる。僕らの関係にヒビが…………」
「ほざけ。ん? メルもいたのか」
「…………」
紅神は俺の方を見る。
話す機会を逃した俺は二人に背を向け、その場を離れる。
背後で紅神が何か言っているようだが、俺はそれを無視した。
…………違う。
無視をしたんじゃない。
どんな顔をして、何を言えばいいのかわからなかっただけだ。
紅神にだけじゃない。
俺は、俺以外のヤツらとどう接すればいいのか分からなかった。
※
「あ…………メル! ちょっと…………!!」
姫乃はメルを引き止めるが、メルはそれを無視して足早に去っていってしまった。
小さくなっていくメルの背中を見つめ、姫乃はため息をつく。
メルと共に生活を始めて一週間経つが、ずっとこの調子なのだ。
姫乃に対してだけではない。
メルはほとんどの人に対して、どこか距離をおいていた。
確かに初対面は良かったとは言い難いが、同じ屋根の下で共に生活する仲になったのだから、姫乃もみんなも歩み寄りたいと思っている。
しかし、歩み寄ろうとすればするほど、メルは離れてしまう。
そのことに、姫乃は頭を抱えていた。
「……どうしたものか」
「何がだい?」
「メルのことさ。どうやったら彼女は心を開いてくれるんだろうか」
「そんなの悩むだけ損だよ。他者に対して心を開くっていうことは簡単なようで難しい。今までほとんど一人で過ごしてきた彼女にしてみれば尚更さ」
「それはそうだが…………」
「心配なのもわかるけど、これはメルが『魔王』になるためには大切なことだ。だからこそ、彼女自身が変わらなくてはいけない。そうじゃなきゃ、学校に通わせた意味がない。今は見守るだけさ」
「…………わかったよ」
暁は「わかればよろしい」と言って、笑みを浮かべる。
そんな暁に対し、姫乃は急に冷めた視線を向ける。
姫乃からの冷ややかな視線に、暁も気づいた。
「何だいその視線は?」
「…………私としてはお前にも『変わって』欲しいと思っているんだが……」
「なんで? 僕なんて非の打ち所がないじゃないか」
「それを本気で言っているのなら、逆さ釣り三時間追加だ」
「あぁ! 待って姫ちゃん! 変わる変わる! 超変わるから!! だからもう下ろして!!」
ミノムシのように揺れながら、暁は姫乃を必死に引き止める。
その姿が面白いので、姫乃はもうしばらくこのままにしようと無言で考えていた。
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