第62話 魔王、目覚める
暁は開いた瞳で暗がりの天井を眺める。
一瞬、自分がどこにいるのか分からずぼんやりとその天井を見つめていたが、頭の中がはっきりしてくるにつれて状況が飲み込めてきた。
今、自分は自室のベッドの上にいる。
そして、全てが終わったことを。
(いや……少し違うな。まだ、やることが残ってる)
暁はゆっくりと、確認するように体を起こす。
どこかが痛むということはない。
指先を動かして、別状がないか確認をしていると、ふと自分の膝の上に何かの重みを感じ視線を向ける。
「ぐるぅ…………むにゃ………………」
「………………」
膝の上には、口角から涎の川を湧き出させながら眠る神無の姿があった。
神無の姿を確認した暁は部屋にあるソファーに目を向ける。
ソファーには背もたれに寄りかかって眠る姫乃と、その姫乃の膝を枕に横になるふらんの姿があった。
毛布だけを羽織り眠る三人の姿を見て、暁は彼女たちが付きっきりでいてくれたことをすぐ理解した。
「皆さんもだいぶお疲れのようだったので自室で休まれるよう勧めたのですが、ここにいると言って離れないのです」
暁は自然と目の前に差し出された水の入ったコップを受け取ると、一気に飲み干す。
久方ぶりに体内に取り込まれた水分で乾いた喉を潤すと、空いたコップを傍らに立つムクロに返した。
「あれから何日経った?」
「五日でございます。此度の『魔王審査』お疲れ様でした」
「そうだね……本当に疲れたよ」
「まぁ、一言苦言を呈するならば、今回のこと……些か無鉄砲であったように思いますが」
「無鉄砲?」
暁はキョトンとした顔でムクロの顔を見る。
既に白骨体のため、一見ただの頭蓋骨にしか見えず表情は分からないが、いつもより厳しいような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「命を厭わぬ『聖剣』の使用。もし元に戻れていなかったら、今頃こうやって諫言をお伝えすることも叶わなかったでしょう。『魔王』として自らの命をもっと大事にされなくては我々が困ります。特に、
「あぁー…………」
暁は困ったように頬を掻く。
ばつの悪さを感じながらも、暁は弁解を始めた。
「別に無鉄砲ってわけでもなかったんだ。もしアルドラゴさんと新妻さんが僕を止められなくても、三人なら僕を絶対止めてくれるって確信してたからさ」
「どういうことです?」
ムクロは瞳のない虚の奥で、暁を見る。
訝しるムクロに、暁は話を続けた。
「例え『聖剣』に支配されても、三人の声なら聞こえるって思ってたからさ。実際、あの後のことはほとんど覚えてないけど、三人が僕を止めてくれた光景も、声もしっかり覚えてる。だから僕は、ムクロに
「確かに…………では、最初から三人にお願いしておけばよかったのではないですか? 『自分を止めてくれ』と。そうすれば、アルドラゴ様にも新妻様にもご苦労をかけずに済んだのでは?」
「『確信』は持ってたけど『確実』ではないからね。僅かでも三人が危険な目に合う可能性があるなら、用心するに越したことはない。三人はあくまで最終手段。それにアルドラゴさんは前に『聖剣』に呑まれた僕を元に戻したことがあるからね。新妻さんも加えて手堅い一手をとったってわけ」
「新妻様が聞いたら、複雑な顔をされるでしょうな」
「だから僕は三人には『僕を止めてくれ』とはお願いしなかった。僕が『聖剣』を使用する時がきたら、結界の外に避難するようにしか言わなかった。まぁ、三人のことだからいずれ駆けつけてくれるとは思ってたけど」
「全て計算づくだったと…………彼女たちの貴方を心配する気持ちすら。確かに貴方らしい強かな考えです」
「何かトゲがある言い方だなぁ……」
「お気づきいただいて幸いです」
暁はそれっきり黙ると、膝の上にいる神無を見つめる。
サラサラの黒髪は、短いながらも月に照らされ絹のように光っていた。
そんな触り心地も良さそうな髪を見つめて、暁はポツリとこぼす。
「僕は酷いヤツだな」
「?」
「ムクロの言うように僕は彼女たちの好意すら計算に入れていた。そういう性分といえば仕方ないけれど、人としてどうかと自分でも思うよ」
珍しく弱気なことを言う暁。
ムクロは少し顎をさすると、暁の方に改めて向き直した。
「確かに、話だけ聞けばとんでもない冷血人間のように聞こえますが、貴方の計算の根底にあるのは『情』と『信頼』です。彼女たちに助けを求めなかったのも、貴方がそうしなくても彼女たちが助けに来てくれると信頼してのことでしょう? その二つを失わない限り、彼女たちも私もちゃんと貴方についていきますよ」
「うん。ありがとう、ムクロ」
「ですが、時にはきちんと全てを打ち明けることも大事です。今のようにね。先日新妻様がいらっしゃった時におっしゃっていましたよ。『少しは三人に話をしてやれ』と」
「え? 新妻さんうちに来たの?」
ムクロは、先日新妻が来た時のことを暁に話した。
その時に、新妻がメルの過去のことを話したのを聞くと、暁は少し困ったような顔をした。
「どうなさいました?」
「いや……新妻さん、
「何か不都合でも?」
「いや……」と言って、暁は窓の方を見る。
そして、優しく微笑むと、窓に向かって語りかけた。
「あまり話されたくはないだろうからね。わかるよ。僕も同じだから。ずっと君もここにいたんだろ? 出てきなよ。少し話をしよう。窓は開いてるからさ」
急に虚空に向かって話しかける暁をムクロが不思議に思っていると、突然ベッドの横の窓がゆっくり開かれる。
恐る恐る窓から入ってきたのは、今姿を消していたはずのメルだった。
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