第41話 夢魔の能力

 殺気立つ男たちが、ジリジリと暁を取り囲む。

 既に仲間を二人ものされているのだ。

 男たちが殺気立つのも無理はなかった。

 中には懐からバタフライナイフや特殊警棒など凶器を取り出す者までおり、剣呑けんのんな雰囲気が漂い始める。

 しかし、暁は澪夢を自分の背後に回すと、あくまで落ち着き払った様子で男たちを一瞥いちべつした。


「あーあぁ……そんな物騒なもの取り出して。 凶器そういうものを振り回したら危ないってお母さんに習わなかったのかねぇ……」


「調子こいてんじゃねぇぞてめぇ……こんなことしてどうなるかわかってんだろうな?」


「さぁ? 生憎発情期のお猿の群れに囲まれたのはこれが初めてだからね」


「っめんな!!」


 男の一人が、手にしたナイフを暁の顔面目がけて刺突する。

 ナイフの切っ先が、暁の眉間に突き立てられようとする寸前、刺さるか刺さらないかスレスレのところで止まる。


「かっ……はぁっ…………!」


 ナイフの切っ先が眉間に突き刺さるより速く、暁の前蹴りが、男の鳩尾みぞおちに突き刺さっていた。

 しかも、爪先を伸ばして放たれたその蹴りは、男の腹の中の空気を全て吐き出させ、呼吸困難を起こすほどのダメージを与えていた。

 その場に倒れ、吐瀉物を撒き散らしながら悶える仲間を見て、男たちは戦慄する。

 そして、眉間にナイフが迫っているにも関わらず、まばたき一つせずに急所を的確についた暁にも……。

 後退る男たちに、今度は逆に暁の方が迫る。


「さて、今度は僕が君たちに問おう。 僕の友達に乱暴を加え、辱しめたらどうなるか……わかってんだろうな?」


 暁はこれから振るうであろう拳を小気味良く鳴らした。



 ※



「ふぅ、やっぱり普通の人間を相手にする方が疲れるな。 加減が難しい」


 暁は解すように、ゆっくりと肩を回す。

 普段、人間離れ(というか人外)の者たちを相手にしている暁にはいくら屈強な不良たちといえど物の数ではない。

 むしろ、手加減するために気を遣う必要すらあった。

 暁の傍らでのびる男たちの姿を見て、澪夢はただひたすら感服するしかなかった。


「すごい……」


「それほどでも。 それよりも澪夢くんは怪我はない……みたいだけど……」


 澪夢の姿を見て、暁は困ったように顔を背けた。

 暁のよそよそしい反応を訝しく思った澪夢は、小首を傾げるが、すぐにその原因が自分であることを悟る。

 前を開かれたシャツの間から深い谷間ができており、また女体化していることに気づいた。

 澪夢は顔を赤くして、慌てて前を隠す。


「あっ……ごっごめんなさいっ! 自分はまた……」


「いや……こちらこそすまない」


「「…………」」


 二人の間に気まずい空気が流れる。

 お互いに悪いことをしたわけではないのだが、何故か相手に対して申し訳ない気持ちになっていた。

 この空気をどうしたものかと、澪夢が考えながら視線を泳がせていると、暁の背後に動く影を見つけた。

 それは倒れていた男たちの一人なのだが、ダメージから回復したのか、苦悶の表情を浮かべながらも、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 それだけならば、澪夢もそこまで驚くことはなかっただろう。

 しかし、その手に危険な光を放つ物が見えた瞬間、澪夢は思わず声を出していた。


「危ない!!」


 澪夢が叫ぶと同時に、男は立ち上がり、その手に輝くナイフを暁に突き立てようと向かってきた。


「止めろっ!!」


 澪夢の叫び声に、男は刹那、澪夢の方を見る。

 本当に僅かな時間、一瞬と言っても差し支えないほどの僅かな時間、澪夢と男の目が合った。

 すると、突然男は体を震わせ、手にしていたナイフを取り落とし、その場に再び伏してしまった。

 暁も背後から自分を狙っている男のことには気づいていたが、その狙っていた相手が突然倒れたことに驚き、振り返った。


「どうしたんだコイツ? やけに幸せそうな顔をしてるけど……あ……」


 男は涎を垂らしながら、恍惚の表情を浮かべて眠りに落ちていた。

 そのことに気づいた暁は澪夢の方を見る。

 そして、澪夢の顔を見て、「やっぱり……」と一言こぼした。

 暁の呟きに、澪夢は首を傾げた。


「『やっぱり』って……何がですか?」


「すごいよ澪夢くん。 新しい能力が開花したんだね。 姫ちゃんとの特訓も無駄じゃなかったよ」


「えっ? えぇ?」


 訳が分からず、戸惑う澪夢。

 暁は自分のことのように話を続ける。


「澪夢くんは今さっき咄嗟に新しい能力を発動したのさ。 夢魔特有の『魔眼まがん』の能力を」


「ま……『魔眼』?」


「そ。 僕も文献を読んで知ってたんだけど、夢魔はデモニアの中でも珍しい『魔眼』の能力を持ってるんだ。 それが、相手を見て、念じることで催淫し、絶頂させるっていうものらしい」


「えぇ!? さっさささ催淫!?」


「あ、催淫っていうのは、相手をいやらしい気持ちにさせ……」


「意味は分かりますよ! それより、これを自分がしたっていうんですか!?」


 澪夢は小刻みに痙攣して喘ぐ男を指差す。

 暁はそれに何度も頷いた。


「そうだよ。 すごいじゃないか。 恐らく魔力コントロールのトレーニングをしたことで、魔核の働きが活発になったから目覚めたんだろうね。 これこそ『災い転じて福を為す』ってヤツだな」


「なんか微妙に違うような……」


「まぁ、いいじゃないか。 でも、本当にすごいよ! いや大したもんだ!」


 暁は嬉しそうに澪夢と肩を組む。

 澪夢としては、人をやらしい気分にさせる能力ということで、あまり品がないように感じられたが、自分のことのように澪夢の成長を喜んでくれている暁を見ていると、満更でもないような気がした。


(……ありがとう、逢真くん……。)


 澪夢は心の中で、暁に礼を述べる。

 胸の鼓動は相変わらず大きく、速くなっていたが、澪夢はそれを抑えることをもう止めた。

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