RE090 鏡夜、初めてのフルダイブ

 伊月が「揺り篭クレイドル」と呼ぶ、寝台型の装置へ押し込められて。

「睡眠導入はいるから――」

 何らかの魔術的な作用で「眠らされた」という、確かな自覚もないままに。ともすれば、単なる気のせいだと流してしまいかねないほど微かな断続感を経て……ふと、なんの前触れもなく目覚めた鏡夜は、明らかに固有領域のガレージとは違う場所、どこもかしこも「白い部屋」の中で、〔クレイドル〕に横たわるのではなく一人掛けのソファに体を預けていた。

(どこだここ)

 ソファの前には揃いのオットマン。

 その上で箱座りしていたが、目覚めた鏡夜の前で居住まいを正し、おもむろに口を開いて――


「インターセプト」

 流暢なヒトの言葉で話し出す。


「――扶桑式圏内律ローカルワールドコードの情報開示規定に基づき、一部の処理が言語化されます。

 疑似王樹インスミール山城やましろ〕の強制介入により起動中の限定術式プラグイン、〔デイドリーム〕のチュートリアルが中断されました。〔クレイドル〕利用者ユーザーの保護規定に基づきエラーチェックが実行されます。……エラーチェックが完了しました。実行中の限定術式プラグインに深刻なエラーは検出されませんでした。

 〔山城〕により、〔デイドリーム〕のプライバシー設定が更新されました。

 〔山城〕により、レギオン〔月夜鬼〕への参加がリクエストされました」


 小さな鈴を鳴らしたような電子音。

[レギオン〔月夜鬼〕への参加が承諾されました]

 鏡夜の前で独りでに開いた表示領域スクリーンが、〔山城〕によるリクエストの結果を告知する。


「〔山城〕により、スラッシュルームの公開設定が更新されました。レギオン〔月夜鬼〕に参加するプレイヤーは、入室にあたりオーナーによる承認を必要としません」

[レギオン〔月夜鬼〕のメンバーにより、スラッシュルームへの入室がリクエストされました。スラッシュルームの公開設定に従い、メンバーの入室は自動的に許可されます]

 独りでに出てきたくせ、勝手に消えてなくなりはしない通知領域ダイアログ。手に取れば何枚か重ねた和紙程度の抵抗がある表示領域スクリーンを鏡夜がと丸めて捨てる間に、「白い部屋」を構成する壁の一角に、と現れた扉が外から叩かれ、そのまま流れるように開かれる。

「お待たせー」

 部屋の中へと入ってきたのは、〔月夜鬼〕の「月」と「鬼」と思しき二人組。

 そのうち「鬼」に関しては、どういうわけか、その外見を双子と大差ない年頃にまで退行させていた。



「言い忘れてたけど、〔デイドリーム〕が起動したら精神感応系の魔法は遮断される仕様だから」

 伊月の姿で伊月の様に振る舞う幼子こどもが言う。

「どうやったらそんなことができるのか、想像もつかない」

「具体的な仕組みが知りたいなら、暇なときにプラグインのスクリプトを読み解くなり、扶桑に聞いてみるなりすればいいと思うけど。ざっくり言うと私たちは今、〔デイドリームプラグイン〕と統合情報領域ソーシャルネットを介して同じ夢を見てるの。魂の器からだと意識の接続が遮断されてるから、魂同士の繋がりも感じられないってわけ」


 鏡夜が知らぬ間にどこかでという、魂の双子がその片割れの存在を捉えることさえできないでいるという不可解な状況の原因としては、最も単純でいて明快な

 現実的な問題として〔倭〕と〔扶桑〕からなる極東の双樹が健在である限り、ありえはしない状況。

 そんなものと比べてしまえば、何を言われたところで「そういうこともあるかもしれない」と思えてしまう。

「その体、アバターって言って、フルダイブ用に作られたアストラルボディみたいなものなんだけど、慣れたらマテリアルボディと遜色なく動いたり感じたりできるようになるから。裏でインスミールが勝手にやってる最適化が終わるまで、適当にでっち上げたフィールドでもぶらついて遊びましょ」

 伊月とのが当てにならず、判断材料にも乏しい状況下。鏡夜は伊月がそうであるよう、自らの小王おうに忠実な人造王樹デミドラシルを信じることに決めて、が差し出してくる手を取り、妙に気怠い体を居心地のいいソファから引き剥がす。


 そうして連れ出された「白い部屋」の外。一旦閉じて、すぐさま開かれた扉の向こうには、最初からそこにあったとは思えない外つ国の街並みが広がっていた。

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ろくでなしの花嫁とひとでなしの吸血鬼(プライベイト・ヴァンパイアWeb版) 葉月+(まいかぜ) @dohid

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