RE089 伊月、色々と調整する


 夕食しょくじが済めば入浴という、双子にとってはいつもどおりのルーティーン。


 風呂上がりの濡れ髪を拭うのもそこそこ。伊月は隙あらば書斎へ向かおうとする鏡夜をガレージまで引きずっていき、空いている〔クレイドル〕の一つに押し込めた。

「今から何されるわけ、これ……」

「〔ハイブラゼル〕に載るティル・ナ・ノーグ式のプラントで遊ぶための前準備。

 睡眠導入はいるから、術式に抵抗しないでそのまま寝ちゃって」


 鏡夜を押し込めた寝台型〔クレイドル〕の筐体、その端に行儀悪く腰掛けた伊月の元へ、黒姫奈の皮を被ったキリエがバスタオル片手にやってくる。

 纏め上げていた濡れ髪を解かれ、くすぐったくなるほど丁寧な手つきでタオルドライされながら。〔クレイドル〕の起動とともにと眠りに落ちた鏡夜の頭上で、伊月はその手元に非端末由来の仮想端末バーチャル・コンソールを呼び出した。


「ヘルスチェックを兼ねた調整睡眠に、ソーシャルネット用のアバター生成……細かい感度調整は鏡夜が起きてからになるから、それまでに……」

 マニュアルで立ち上げた〔クレイドル〕に必要なタスクを予約して。一旦、鏡夜が入った〔クレイドル〕に紐付けられている仮想端末バーチャル・コンソールを規定の指示動作ジェスチャー一つで不可視化させるひっこめると。伊月は行儀悪く腰掛けていた〔クレイドル〕から下りて、ガレージの奥に新しく設置されたシリンダー型の〔クレイドル〕へと向かう。


「キリエって、ソーシャルネット用のアバター持ってるの?」

 黒姫奈ドォルが入っていたものとは異なり、内部を仕切られ、二つのチャンバーを持つ閉鎖式〔クレイドル〕。

 その、ハードカバーが開かれている方のチャンバーに入って。体ごと振り返り、内部の仕切りへ背中を預けた伊月の前で、カルガモの雛か何かのよう後ろをついてきていた黒姫奈キリエが首を振る。

「持ってない」

「聞いたのは私だけど、なんでティル・ナ・ノーグの総督が持ってないのよ……」

 扶桑樹の圏内へ足を踏み入れること自体、今日が初めての鏡夜とは違い、諸々のデータ収集も兼ねた調整睡眠にかかる必要のない伊月は話の途中だろうと構わず、閉鎖式の〔クレイドル〕を起動した。


 黒姫奈ドォルのボディを取り出したときの、逆回し。

 〔クレイドル〕の天井部からとろり、滴り落ちてくる魔水マナが透明なハードカバーを形成して。ほどなく密閉されたチャンバー内に、足下の基部から水と変わらない粘度の緩衝液が注ぎ込まれる。

「(そこ、そのままいたらぶつかるわよ)」

 緩衝液はみるみるチャンバー内を満たし、徒人のマテリアルボディを長期的に保存可能な濃度の魔水を目一杯に肺へと吸い込んだ伊月の意識は微かな断続感を経て、背中をぽん、と押されるような感覚とともに〔クレイドル〕から放り出された。

 アストラルボディ仮想義体アバターを纏った意識。床に置かれた基部の上で緩衝液に浮いているマテリアルボディと同じ高さからふんわり落ちる伊月を、〔クレイドル〕の前で待ち構えていた黒姫奈キリエが正面から抱き合うようにキャッチする。


 何が楽しいのか、黒姫奈の皮を被ったキリエはその場でくるりと半回転してから伊月を解放した。


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